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厄年の年齢はいつ?男の厄年の過ごし方と厄払いを受けるべき時期

Author nopic icon松村美風
カテゴリ:文化

初回公開日:2017年09月09日

更新日:2020年08月29日

記載されている内容は2017年09月09日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

厄年の年齢はいつ?男の厄年の過ごし方と厄払いを受けるべき時期

もしかすると彼(夫)が厄年かも?

「彼(夫)が厄年かもしれない。厄払いを受けさせたほうがいいのかな?」
「男性の厄年ってどうなってるんだろう?」
「厄年という言葉くらいは知っているけれど、インターネットで調べてみると、いろいろ書いてあって、どうも微妙に違う。なぜ?」

みなさんは、厄年のことで悩んだ経験はないでしょうか。自分のことであれば、むかし親から言われて「そういえば神社・寺院に行ったな」とばくぜんとでも記憶があるかたもいるでしょうが、彼(夫)は男性だし、もしかすると男女で違うのかもしれない。そう思うと、不安になるものです。今回は、男性の厄年について、基本的なところを説明していきます。

最初に注意点を

男女を問わず厄年についてインターネットで検索すると、基本は同じなのに微妙に違う情報を複数見かけます。この原因は、厄年についての考え方は地域や神社、寺院で異なることに起因するものです。たんに男性や女性の何歳が厄年にあたるかという点だけではなく、厄年の細かいしきたりが異なります。

地域や神社・寺院の考えを尊重して

もしあなたの住んでいる地域に、厄払い(厄よけ)で有名な神社・寺院があれば、直接、男性の厄年の扱いについてお尋ねになることをします。江戸時代の中ごろ以降、考え方はある程度揃ってきているものの、各地の風習やどの神社・寺院の考え方だけが正解ということはありません。

インターネットをうのみにしないこと

インターネットでは、神社のほとんどを包括する神社本庁の見解を「一般的」と称するケースが多数見受けられます。しかし、男女問わず厄年の扱いについては、以下に説明するとおり、バラバラと言っていい状況です。

それだけを正解と思いこんでしまうと、それぞれの地域の独自性や神社・寺院の考えを軽視することになり、せっかくの厄払いの意味をそこねてしまい、せっかくうけた男性にとってもよくありません。ぜひ、この点に注意して、地域や神社・寺院の独自性にも目をむけるようにしてください。

厄年の「厄払い」と「厄よけ」の違い

男女を問わず、厄年の厄が軽くなるよう祈願・祈祷することを神社では「厄払い」と言い、寺院では「厄よけ」と表現します(一部、神社でも厄よけを使用するところがあります)。神社と寺院のどちらで祈願・祈祷をうけるかの違いです。

この説明ではとくに書き分ける必要がなければ、生きているうちに知らず知らず身体に染み付いたけがれを、節目の年に落としてもらうことを「厄払い」の表記で統一しています。寺院で厄よけをうけられる予定の男性については、そのつもりで読み替えてください。

当然ながら、厄よけではなく厄払いが正当だと言うことでもありません。

そもそも厄年って?

男性の厄年について説明するまえに、まず、男女を問わず厄年そのものについて説明しましょう。厄年と言われて「なにやら災難の多い年らしいけど本当?」と思ったことがある方もいらっしゃるでしょう。厄年はそもそも、いつごろはじまったのでしょうか。

厄年の「厄」とは

厄年は、むかし中国から伝わったとされています。厄年の「厄」という字には、もともと「木の節目」という意味があります。木の節目はかたいので、加工に困ることから、やがて困ること、やっかいなことという意味にも使われるようになります。

また、木材を利用する際、節目をさけて加工することから、ものごとの切れ目、転換点もまた「節目」と呼ぶようになります。つまり、厄年は「節目の年」だというわけです。

男女を問わず「節目の年」とされる厄年は、その後、日本で悪いほうのイメージのみが先行していくことになりますが、もともとは転換点という意味が優っていたのです。同じ節目の年が、男女の祝い年にあたる時期と、男女の厄年に分離していくうちに、悪いイメージで語られるようになっていきます。

中国から日本へ

この、物事には必ず節目があるという中国の考え方は、日本には陰陽道というかたちで伝わります。この陰陽道では、周期を重視しました。太陽は、朝に昇って夕方には沈みます。月は満ち欠けを繰り返し、日々の暮らしのなかに春夏秋冬の四季があります。どんな人間でも、この世に生まれて成長し、やがて亡くなります。男性があれば、その対極として女性が存在しています。

「男女の人生にも、神様が定めた周期があるに違いない」「節目の年がそれにあたるのだろう。行いを慎むべきだ」この考え方は、まず陰陽道を受け入れた公家・武家に伝わります。やがて、ひろく民間にも浸透していくことになります。

時代とともに変わる厄年

「節目の年である厄年を迎えた男女は、いつもと同じようにしていてはいけない。注意しなければならない」という思想が中国からもたらされ、ひろく日本の社会に浸透していきました。しかし、その厄年を迎えた男女はいつもと同じようにしていてはいけない、という考え方は変わらなくても、何歳を厄年とするかは、時代により、移り変わっていきました。

たとえば、1300年ごろに書かれた書物である「拾芥抄」では、現在と異なり、厄年は男女の別なく、13・25・37・61・85・99であるとしています。このあと説明する前厄・後厄といった考え方はありません。

その後も、時代や地域によって何歳を男女の厄年とするのかは変化していきました。

厄年は年男・年女でもあった

中国から伝わったもともとの姿のとおり、十二支の考え方にもとづいて、12年ごとに来る自分の生まれ干支、すなわち1歳・13歳・25歳・37歳・49歳・61歳・73歳・85歳のときが男女を問わず厄年であると考えた地域もありました。

時代が下ると、7歳・13歳・女性の19歳・男性の25歳・女性の37歳・男性の42歳・61歳・77歳・88歳をさすと考えたころもあり、また、違う地域では、年齢の末尾が男性は2・5・8がつく年、女性は3・7・9がつく年を厄年と考えた時代もあったのです。

3年ごとに厄年?

もうひとつ、厄年について考えるうえで重要なのは、男女の別なく「小厄」があるという考え方も根強く存在することです。現在一般的とされている厄年の考え方は、神社本庁の見解に影響されているものですが、寺院をはじめ、原則として3の倍数に1を加えた年齢はすべて男女とも厄年であるという考えも残っています。

あとで説明する数え年の場合、生まれた時点で1歳ですので、3つ年をとるごとに男女とも厄年が巡ってくるわけです。1・4・7・10~といった調子で男女とも厄年が巡り、そのなかでもとくに気をつけるべきいくつかの年齢を「大厄(本厄)」と呼びます。