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厄年の年齢はいつ?男の厄年の過ごし方と厄払いを受けるべき時期

Author nopic icon松村美風
カテゴリ:文化

初回公開日:2017年09月09日

更新日:2020年08月29日

記載されている内容は2017年09月09日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

厄年の年齢はいつ?男の厄年の過ごし方と厄払いを受けるべき時期

神社・寺院で厳密には3年おきになっていない事例もありますが、関東関西問わず、分布していることに注意してください。いまの厄年の考え方はわかりやすく簡略化したものであり、もともとの姿だったとする文献もあります。

江戸時代の百科事典には?

現在、一般的とされる厄年はいつごろ成立したのでしょうか。江戸時代の中ごろ、1712年に成立した当時の百科事典「和漢三才図会」には、男性は25歳・42歳・61歳を厄年とし、女性は19歳・33歳・37歳・61歳を厄年としています。

これは江戸時代の江戸つまり今の東京の風習をもとに書かたものですが、その後の世代からみて、基準として考えられるようになります。なお、和漢三才図会では、男性の42歳と女性の33歳をとくに注意を要する「大厄」としており、その点も現在みられるルールによく似ています。

ふるい風習が残る沖縄

厄年のとらえ方がいろいろと変わってきたことについてこれまで説明してきましたが、ふるい風習が残っている地域として、沖縄があげられます。

沖縄は、男女の別なく、12年ごと、つまり生まれ干支ごとに厄年が巡ってくるという、中国から伝わってきたころの厄年の風習が残っている地域です。沖縄では、厄年の男性は年男ということになり、そうめん料理を神様や仏様に供えて、無事を祈願します。

厄年の前厄・後厄

男女を問わず厄年の前年を「前厄」といい、厄年の翌年を「後厄」といいます。前厄・後厄は厄年に準じて気をつけるべき年であるとされています。この前厄・後厄も、男女ともすべての厄年に前厄・後厄があるとする神社・寺院もあれば、厄年のなかでも男女それぞれにもうけられた大厄(本厄)の年のみに前厄・後厄があるとする神社・寺院もあります。

バラバラだけど、どれを信用する?

ここまで、何歳を男女それぞれの厄年とするかがどう移り変わっていったか、文献で調べられた範囲で書いてきたわけですが、あまりにもバラバラだったことに驚かれたかたも多いのではないでしょうか。「節目の年は注意して過ごそう」という基本は守られているものの、あまりにバリエーションがありすぎます。

男性本人でなくても、「彼(夫)のことが気になるから男性の厄年について書いてあるんで読んでみたけど厄年ってこんなもんなの?行く気がなくなってきた」というかたもおられるでしょうが、もう少し深くまで見てみましょう。

少々強引にでも整理をしてしまえば、次のパターンに分けることができるといえます。いかに、地域や神社・寺院で独自性があるか、もっと驚いてみてください。

神社本庁の見解

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地域によって多少異なるところもありますが、男性が二十五歳・四十二歳・六十一歳、女性が十九歳・三十三歳・三十七歳などを言い、この年齢の前後を前厄・後厄と称します。

神社本庁は、全国に8万社あるといわれる神社のほとんどを包括する宗教法人です。この神社本庁の男女の厄年についての見解が、現在、インターネットで一般的とされているものの出典であることは間違いありません。

ただし、神社本庁は「~など」と、傘下の神社で男女の厄年を何歳とするか解釈が異なる点に配慮して、絶対にこうです、という書きぶりになっていないことだけは、注意してください。むろん、これはあくまでも神社本庁の見解であり、神社本庁に所属していない神社や寺院については、拘束されません。

小厄と大厄(本厄)がある事例

前述したように、男女ともに原則3年周期で巡ってくる厄年(小厄)があり、そのなかのいくつかが、その年にあたる男女にとってとくに注意すべき大厄(本厄)であるという考え方の神社・寺院があります。この考え方をとる神社・寺院であっても、厳密に男女とも3年おきというところもあれば、そうでないところもあります。

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厄年は男女(数え年)1・4・7・12・25・28・33・37・40・42・46・49・52・55・58・61歳とし

例えば東京都大田区の穴守稲荷神社では、引用のとおり、男女共通ですが、きちんと3年おきではありません。同様の事例は、このあと紹介する福岡市博多区の若八幡宮でもみられます。

幼児厄?子供の厄年?

寺院の場合、神社では見かけない「幼児厄」というものがあるケースがあります。幼児期の男女の厄年には諸説ありますが、むかしは乳幼児の死亡率が高く、定期的に神様や仏様に無病息災を願掛けする風習がありました。

男女とも3歳で髪置きの祝、男性は5歳で袴着の祝、女性は7歳で帯解きの祝を行い、この年齢をすぎてから、一人前として扱われるようになりました。ここでお気づきの方もおられるのではないでしょうか。これは現在、神社では「七五三」として行われているものです。

1868年、明治政府は神仏判然令を公布し、神社と寺院、神道と仏教の掛け持ちを禁止します。このときに、もともとの根は一つだったものの、神社に七五三詣りをするか、寺院に男女とも厄年詣りをするかが、分かれることになります。

祝いごとと厄年の起源が同一ということは一見理解しがたいかもしれませんが、この年齢まで無事に育ったことへの感謝と、これからの加護を神仏に祈願することと、どちらの側面を強調するかが異なるだけなのです。

厄年は祝い年でもある

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本来、厄年は長寿を祝ふ還暦(六十一歳)や古稀(七十歳)などの年祝ひと同じく、晴れの年齢と考えられていました。(略)現在では、災難が多く生じる面が強調され、その禁忌の感覚が強くなりましたが、七五三や成人式、年祝ひなどとともに、人生における通過儀礼として、大切に考えられていることには変わりありません。

のちの時代を生きる私たちは、男女の厄払いと祝いごとの根っこがひとつであるということに、なかなか気づきません。神社にしても寺院にしても、それぞれ違う行事として執り行いますし、そこまで含めて尋ねもしないのに、むこうから説明をしてもらえることもまずないでしょう。

しかし、この点はとても重要です。厄年は「節目の年」というだけなのですが、すでに何度も書いたとおり、ネガティブにとらえられすぎているきらいがあります。厄年を過剰に怖がらせ、そこにつけこむ商売が成り立っているのも事実です。厄年だからといって過剰に怖がる必要はありません。本来、厄年は祝いの年でもあるのです。

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