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「竹を割ったような」の意味と使い方・例文・類語・対義語

Author nopic icontakezou
カテゴリ:言葉の意味

初回公開日:2017年11月18日

更新日:2020年08月21日

記載されている内容は2017年11月18日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

「竹を割ったような」の意味と使い方・例文・類語・対義語

「竹を割ったような」の意味と使い方・例文

「竹を割ったような」という言葉があります。これは竹の性質を用いてできている言葉ですが、いったいどのような意味があるのでしょうか。使い方や例文と合わせて考えていきましょう。

意味について

竹を割ったようなというのは「まっすぐ綺麗に割れる」ことから意味が割り出せます。もともと竹は綺麗に建てに割れる性質がありますので、その様から「見ていて気持ちいいぐらいにまっすぐである」という意味が持たれるようになります。

竹を割ったような性格について

竹を割ったようなさまから「見ていて気持ちいいぐらいにまっすぐである」という意味を持たれるようになり、性格の表現として用いられるようになります。つまり、まっすぐとした性格・曲がったことができない性格を表す用語となり、気立てが真っ直ぐな人柄を示す言葉となります。

使い方の例について

竹を割ったような性格という言葉はワンセットとして数えられることが多いので、言葉として用いるときも、高確率で性格という言葉がついてきます。例文として「あいつは竹を割ったような性格だから多くの方から好かれている」といった、その人の人格を示す表現方法の一つとして用いることが多いです。

それ以外には「竹を割ったような爽快感がある」という表現にも用いることがありますので、すっきりとしたとか、さっぱりとした、という言葉に捉えて使うとわかりやすいでしょう。

「竹を割ったような」の類語

竹を割ったような性格とはどのような意味があるのか、ある程度理解したところで類義語はいったい何なのかも調べていきましょう。意味がわかりにくいものであっても類義語がわかれば理解度もさらに高まります。語彙力の向上のためにも類義語とセットで覚えましょう。

清々しい、潔い

竹を割ったような性格とは真っ直ぐな性格を表します。これはすっきりした性格・潔い性格・清々しい性格・サッパリした性格といった言葉が類義語となるでしょう。これらの言葉から見ると、好印象となる言葉が多いことがわかります。つまり、「竹を割ったような性格」というのは褒め言葉であることが多くなります。

人によってはこの竹を割ったような性格とは器が大きい人と捉えることもありますが、そのさばさばした迷いのない性格から、即断実行できる人として器が大きい人と認識されることも多くなります。

「竹を割ったような」の語源

竹を割ったようなという言葉の語源はシンプルで、実際に竹を割った時に繊維に沿って綺麗に一直線で割れるところから来ております。語源もかなり簡単な言葉なので、覚えやすいと言えるでしょう。

「竹を割ったような」の対義語

逆に、竹を割ったようなという言葉の対義語はいったい何になるでしょうか。類語から推測していくとわかりやすいでしょう。

陰鬱、執拗、うじうじする、躊躇する

竹を割ったようなとは、さっぱりとした・潔い・すっきりとした・さばさばした・あっさりとした・真っ直ぐなという類義語があります。そこから反対の意味になる言葉を用いてみると、陰鬱なとか執拗なとか、うじうじするといったものになります。

陰鬱なというのは陰気でうっとうしい様子を表しており、心が全く晴れていない様子とも言えるでしょう。さっぱりとしている様子や、すっきりとした様からはかけ離れております。執拗なという言葉は1つのことにこだわる様子やしつこい様子を示しておりますが、竹を割った性格とはさっぱりとしている様なので、正反対となっております。

うじうじするというのは気後れしている様子を表しており決断をすることがなかなかできない性格といえるでしょう。はっきりとした態度をとれない人が「うじうじするな」と言われるので潔く判断できる竹を割ったような性格の人とは正反対となります。

やはり、竹を割ったような性格の対義語を探してみると、どうしてもマイナスイメージが先行するようになりますので、竹を割ったような性格というのはプラスの言葉であるという認識が強いことが再認識されます。

本当にマイナスイメージがないのか?

基本的に竹を割ったようなという言葉はプラスのイメージとして用いられます。それは「竹を割ったような性格」や「竹を割ったような爽快感」という言葉からもわかるように、この言葉を受けていらだちを覚える人は少ないでしょう。しかし、考え方によっては、マイナスイメージになってしまうこともあります。