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「竹を割ったような」の意味と使い方・例文・類語・対義語

Author nopic icontakezou
言葉の意味 / 2017年11月18日
「竹を割ったような」の意味と使い方・例文・類語・対義語

「竹を割ったような」の意味と使い方・例文

「竹を割ったような」という言葉があります。これは竹の性質を用いてできている言葉ですが、いったいどのような意味があるのでしょうか。使い方や例文と合わせて考えていきましょう。

意味について

竹を割ったようなというのは「まっすぐ綺麗に割れる」ことから意味が割り出せます。もともと竹は綺麗に建てに割れる性質がありますので、その様から「見ていて気持ちいいぐらいにまっすぐである」という意味が持たれるようになります。

竹を割ったような性格について

竹を割ったようなさまから「見ていて気持ちいいぐらいにまっすぐである」という意味を持たれるようになり、性格の表現として用いられるようになります。つまり、まっすぐとした性格・曲がったことができない性格を表す用語となり、気立てが真っ直ぐな人柄を示す言葉となります。

使い方の例について

竹を割ったような性格という言葉はワンセットとして数えられることが多いので、言葉として用いるときも、高確率で性格という言葉がついてきます。例文として「あいつは竹を割ったような性格だから多くの方から好かれている」といった、その人の人格を示す表現方法の一つとして用いることが多いです。

それ以外には「竹を割ったような爽快感がある」という表現にも用いることがありますので、すっきりとしたとか、さっぱりとした、という言葉に捉えて使うとわかりやすいでしょう。

「竹を割ったような」の類語

竹を割ったような性格とはどのような意味があるのか、ある程度理解したところで類義語はいったい何なのかも調べていきましょう。意味がわかりにくいものであっても類義語がわかれば理解度もさらに高まります。語彙力の向上のためにも類義語とセットで覚えましょう。

清々しい、潔い

竹を割ったような性格とは真っ直ぐな性格を表します。これはすっきりした性格・潔い性格・清々しい性格・サッパリした性格といった言葉が類義語となるでしょう。これらの言葉から見ると、好印象となる言葉が多いことがわかります。つまり、「竹を割ったような性格」というのは褒め言葉であることが多くなります。

人によってはこの竹を割ったような性格とは器が大きい人と捉えることもありますが、そのさばさばした迷いのない性格から、即断実行できる人として器が大きい人と認識されることも多くなります。

「竹を割ったような」の語源

竹を割ったようなという言葉の語源はシンプルで、実際に竹を割った時に繊維に沿って綺麗に一直線で割れるところから来ております。語源もかなり簡単な言葉なので、覚えやすいと言えるでしょう。

「竹を割ったような」の対義語

逆に、竹を割ったようなという言葉の対義語はいったい何になるでしょうか。類語から推測していくとわかりやすいでしょう。

陰鬱、執拗、うじうじする、躊躇する

竹を割ったようなとは、さっぱりとした・潔い・すっきりとした・さばさばした・あっさりとした・真っ直ぐなという類義語があります。そこから反対の意味になる言葉を用いてみると、陰鬱なとか執拗なとか、うじうじするといったものになります。

陰鬱なというのは陰気でうっとうしい様子を表しており、心が全く晴れていない様子とも言えるでしょう。さっぱりとしている様子や、すっきりとした様からはかけ離れております。執拗なという言葉は1つのことにこだわる様子やしつこい様子を示しておりますが、竹を割った性格とはさっぱりとしている様なので、正反対となっております。

うじうじするというのは気後れしている様子を表しており決断をすることがなかなかできない性格といえるでしょう。はっきりとした態度をとれない人が「うじうじするな」と言われるので潔く判断できる竹を割ったような性格の人とは正反対となります。

やはり、竹を割ったような性格の対義語を探してみると、どうしてもマイナスイメージが先行するようになりますので、竹を割ったような性格というのはプラスの言葉であるという認識が強いことが再認識されます。

本当にマイナスイメージがないのか?

基本的に竹を割ったようなという言葉はプラスのイメージとして用いられます。それは「竹を割ったような性格」や「竹を割ったような爽快感」という言葉からもわかるように、この言葉を受けていらだちを覚える人は少ないでしょう。しかし、考え方によっては、マイナスイメージになってしまうこともあります。

真っ直ぐすぎる=竹を割ったような性格?

ここからは多少哲学じみたお話になりますが、真っ直ぐな性格というのは、総じてプラスの意味を表す言葉なのかを考えてみましょう。真っ直ぐな性格というのはひねくれた考え方をするとまじめな性格であり、融通が利かない性格であると考えることができます。ただし、言葉のイメージとして竹を割ったようなという表現を、現代の日本人はプラスに捉えております。

そのため、とある人間がまじめで融通が利かない様を表すときに、「あいつは竹を割ったような性格だからこの場にはそぐわない」という使い方をしません。たいてい、「あいつはまじめすぎて融通が利かないやつだからこの場にはそぐわない」という表現をするでしょう。

真っ直ぐなことも清々しいことも好印象であり、プラスの面が強いのですが、何事も行き過ぎるとマイナスが強く出てきます。きれい好きな人でも、あまりにもきれい好き過ぎる問題です。ちょっとした埃や汚れでも許せなくなってしまい、ひたすらに、清潔に仕向けるようになってしまうのが実状です。

好印象の言葉であるためマイナスでは使わない

このように考えると、竹を割ったような性格というのは真っ直ぐではあるが、真っ直ぐすぎる人物を指す言葉としては用いられていないことがわかります。つまり、マイナスの印象がついている場合は、この言葉はそぐわないと言うことです。

何事にも限度があるのが世の常ですので、好印象を飛び越してむしろ欠点となってしまうような性格をしている人を表すときには、この言葉を使うことはほとんどないと考えれば、使いどころも自ずと見えてきます。

竹を割ったような性格とはどんな人?

好印象の人を表す言葉としてこの竹を割ったような性格とは用いられるのですが、より具体的に、どのような人がこの竹を割ったような性格という称号を与えられるのでしょうか。

決断力が高く判断能力も高い人

竹を割ったような性格とは潔い性格を意味することが多く、「あの人は決断力が高い」と認識されるとこの称号を得ることができます。物事に対して向き合ったとしても、判断基準を明確に持っているので、迷うことなく判断することができます。

ここで対義語でも説明したように、うじうじとした性格をしている人は、なかなか決めることができないでしょうが、決断した後の責任に対しても、はっきりとした態度で挑めるのでそのような人は高評価として「あの人は竹を割ったような性格をしている」と言われるようになります。

いい意味で諦めが早い

判断能力が高く潔い人というのはいい意味であきらめが早いです。駄目なら駄目だとすぐに判断しますし、無理なら無理であるという結論をすぐに下すことができます。即断即決能力が常人よりも高いので、その様子に多くの方が惹かれます。

度胸がある人間

うじうじする人は、好きでそのような性格になっているわけではありません。よく言えば冷静となります。そのように冷静になる理由は、その行動によって発生するリスクを管理しようと考えているからです。慎重に判断する人を稀に馬鹿にして、「あいつはうじうじしている」と言われてしまいますが、これは悪いこととは言えないでしょう。

逆に言えば、はっきりと判断してすぐに実行できる人は、その行動によって発生するリスクをよく考えた上で、その場で即決できるということです。これは度胸がある人間と言えるでしょう。リスクが発生したとしてもそれを背負って動く覚悟があるので、多くの方々が憧れる女性なら「姉御肌」と言われることもあります。

竹を割ったような性格になろう

竹を割ったような性格というのは真っ直ぐな性格です。しかし、物事はまっすぐ行かないことだらけなので竹のように伸びることはなくグニャグニャと曲がりくねった状態になっている方がほとんどでしょう。

そのため竹を割ったような性格にあこがれている人が多くなっているのが現代社会です。どのような人物であるのか今回の記事で再認識したところで、皆さんもさっぱりとした性格になれるように前向きに生きる努力をしましょう。