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アメリカの戦艦の名前・一覧・ミズーリの現在|海軍/最強

Author nopic icon山田貴史
カテゴリ:雑学

初回公開日:2018年01月13日

更新日:2020年08月29日

記載されている内容は2018年01月13日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

アメリカの戦艦の名前・一覧・ミズーリの現在|海軍/最強

アメリカが使用してきた戦艦は、時代とともに戦闘力を大きく上げてきました。特に、第二次世界大戦中に建造された戦艦は速度が速く、航空機相手の戦闘に適応できるようになりました。

ただ、イギリスやドイツと比較すると、戦艦の必要性が薄かった歴史もあります。そのため、アメリカで戦艦の大量建造が始まったのは、第一次世界大戦前後からです。

アメリカ軍はこれまで戦艦を70隻以上建設しました。すべてを紹介することはできませんが、何らかの事情で名前を歴史に残しているアメリカ軍の戦艦について説明します。

アリゾナ

アリゾナは、日本海軍によって行われた真珠湾攻撃で、最も被害が大きかった戦艦です。

アリゾナの上部から降ってきた爆弾は、甲板を貫通して内部で爆発しました。爆発は火薬庫にまでおよび、弾薬の誘爆を引き起こしました。アリゾナの乗組員の戦死者は1177名にのぼります。また、アリゾナに乗っていた艦隊司令官と艦長も、このときに戦死しました。

アリゾナの損傷はあまりにも大きく、遺族の要求にも関わらず、引き揚げは行われませんでした。

オクラホマ

オクラホマも、真珠湾攻撃で沈没したアメリカ海軍の戦艦です。オクラホマは魚雷を数発受けましたが、はじめの魚雷が当たってからわずか8分で転覆しました。オクラホマの乗組員の死者は、456名になります。

オクラホマは海底からの引き揚げが行われましたが、損傷があまりにも大きかったので修理は見送られました。終戦後、アメリカ本土までの移送中に沈没してしまいました。

ワシントン

第一次世界大戦以降、戦艦同士の撃ち合いはほとんど発生していません。第二次世界大戦中も、戦艦同士の戦闘は非常に珍しい状態でした。

アメリカ海軍の戦艦の中で、ワシントンは第二次世界大戦中に日本軍の戦艦と撃ち合い、撃沈させています。ワシントンはその後も活動を続け、戦争が終わったのちにはアメリカ兵を本国に帰す任務につきました。

アメリカの戦艦の博物館

多くの国が引退した軍艦を博物館にし、一般公開しています。日本から一番近いアメリカ軍の戦艦の博物館としては、ミズーリがハワイに展示されています。また、戦艦アイオワはロスアンジェルスに展示されています。東京からロスアンジェルスは、飛行機で10時間かかります。

その他、戦艦アラバマはアラバマ州に、戦艦テキサスがテキサス州に、戦艦ウィスコンシンがバージニア州に展示されています。

軍事用語を知ろう!

日本では、軍事用語について知ることがタブー視される風潮があります。また、書店に行っても、現代の軍事を深く知るための本はほとんどありません。

しかし、軍事について知ることは、現代政治を理解することにつながります。北朝鮮や中国に関連する軍事ニュースも、深く読み解いていけば、各国が本当に主張したいことが理解できます。

軍事を知ることは、変り者になることではありません。適切な軍事の知識を身につければ、日本が置かれている状況や、日本人として今後何ができるか理解できます。