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「人生万事塞翁が馬」の意味と使い方・読み方・類語

Author nopic iconhouzuki
カテゴリ:言葉の意味

初回公開日:2018年04月06日

更新日:2020年08月21日

記載されている内容は2018年04月06日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

「人生万事塞翁が馬」の意味と使い方・読み方・類語

「人生万事塞翁が馬」なんて読むの?

「人生万事塞翁が馬」の意味は?

では「人生万事塞翁が馬」この諺(ことわざ)にはどのような意味があるのでしょうか。一般的には上半分の「人生万事」が省かれ、単に「塞翁が馬」と使われることも多いでしょう。「塞翁が馬」は、直訳すれば「塞翁さんの馬」です。これだけでは何を意味するのかは解りませんが、これがなかなか奥の深い言葉で、座右の銘にしているという人も大勢います。

「人生万事塞翁が馬」の意味は、「人生、何が起こるか先のことは分からない」そして「人の一生は、思ったとおりにはいかない」という意味を持っています。「塞翁が馬」だけでも同じ意味で使われています。

では、この「塞翁さんの馬」が一体なぜ、「何が起こるかわからない」ことになったのせしょうか。「人生万事塞翁が馬」の由来をご紹介します。

「人生万事塞翁が馬」の由来

「人生万事塞翁が馬」の諺になったエピソードは、紀元前の中国、前漢の武帝の時代に淮南子王劉安が、蘇非、李尚、伍被などの学者と共に編纂した書物の「淮南子(えなんじ)」の「人間訓」に記されています。

そのエピソードというのは、その昔、中国北部、隣国のとの国境近くの城塞のある町に住んでいた、ひとりの老人のエピソードです。この老人が「塞翁」です。城塞の近くに住む翁(おきな)、老人という意味です。

では、その塞翁さんのお話をご紹介しましょう。

「人生万事塞翁が馬」由来のエピソード

「人生万事塞翁が馬」の教訓

この、「人生万事塞翁が馬」の元になった塞翁のエピソードですが、最初は馬が逃げるという不幸な出来事が、馬が増えるという幸福につながり、その馬から落馬して骨折した災いのおかげで、結局、戦争に行かず、命が助かる幸福につながったということです。

この逸話から「人生万事塞翁が馬」という言葉が生まれました。つまり、塞翁の馬の話のように、不幸や災いだと思っていたことが幸いになったり、幸いだと喜んでもそれが不幸の原因になったりする。ということです。

「人間万事塞翁が馬」は、「人生、幸せや不幸は予測できないもので、目先の幸せや災いで、安直に喜んだり、嘆いたりするべきではない」という教訓がこめられた諺です。本来は「幸いや災いに一喜一憂するな」という広い意味ですが、「今が良いからと言って、浮かれていてはいけない」という教訓と、「今が悪くても、また良いこともある」という教訓のそれぞれで使われる場合もあります。

人生万事塞翁が馬 使い方

「人生万事塞翁が馬」の持つ教訓は「今が良いからと言って浮かれていてはいけない」「今が悪くても、また良いこともある」というそれぞれで使う場合が多いでしょう。

例えば、宝くじに大当たりしたが、その後、詐欺に騙されて大損害にあった。「宝くじに当たったことは良かったが、人生万事塞翁が馬。良いことばかりは続かない」良いことがあったと浮かれていると思わぬ災いが来るという教訓の例です。

また、もう一つの教訓の例をみると、事故をして入院したが、そこで看護師さんと恋に落ちて結婚した。「事故で散々な目に逢いましたが、そのおかげで素晴らしい女性と結婚できました。まさに人生万事塞翁が馬です」のように、悪いことはあったが、そのおかげで幸福になったということです。

そして、両方の話を傍で聞いていた人が「良いことがあれば災いもあり、不幸かと思えば幸せを連れてくる。まさに人生万事塞翁が馬、ですね」と呟きます。

「人生」「人間」どっちが正しいか

「人生万事塞翁が馬」と、「人間万事塞翁が馬」。「人生」と「人間」の違いですが、なぜ、ふた通りの言葉が使われているのでしょうか。どちらが正解なのでしょうか。

「人生万事塞翁が馬」は、もとは「塞翁が馬」だけでした。「人生万事」や「人間万事」の部分は後世に付け加えられたものです。「人間」は中国語では「じんかん」と読み、世間とか世の中、という意味です。「塞翁が馬」に、この「世の中」をあらわす「人間」が加えられ、これが「にんげん」と読むようになり、人間の一生を意味する「人生」となりました。

出典元が「淮南子」の「人間訓」であることなどもあって、「人間」の方が、一般的で、「人生」の方を誤りとしている辞典もあります。しかし全体の意味としては、「人生」でも「人間」でも同じですし、そもそも「塞翁が馬」だけだったものに、後から付け加えられている部分ですから、どちらが正解というわけでもないでしょう。

「人生万事塞翁が馬」の同義のことわざ

「人生万事塞翁が馬」や「人間万事塞翁が馬」は、人生、幸せや不幸は予測できないもので、目先の幸せや災いで、安直に喜んだり、嘆いたりするべきではないだろう、という教訓です。また、幸福ばかりも続かないし、災いばかりも続かないという意味も含まれています。

そして、他にも、同じような教訓を持つ、諺(ことわざ)はいくつかあります。例えば、「禍福は糾える縄のごとし」とか、「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」「災い転じて福となす」「楽は苦の種、苦は楽の種」「楽あれば苦あり」などがよく聞くところです。

【類語】禍福は糾える縄のごとし 由来・意味

「人生万事塞翁が馬」と同類の教訓を持つ「禍福は糾える縄の如し」は「かふくはあざなえるなわのごとし」と読みます。その意味は、幸いと災いは、なわれた縄のように、交互になっている、というたとえです。

中国後漢、章帝の時代に、班固、班昭たち学者によって編纂された歴史書「漢書 賈誼伝(かぎでん)」に「それ禍(か)と福とは、何ぞ、糾える(あざなえる)纆(なわ)に異ならん(ことならん)」とあります。

また、中国前漢、武帝の時代の歴史家、司馬遷によって編纂された歴史書「史記 南越伝」に、「禍(か)によりて福となす、成敗(せいはい)の転ずること、譬(たとえ)れば、糾(あざな)える纆(なわ)のごとし」とあります。

どちらも、災いと幸せ、吉凶は、なわれた縄のように、交互に訪れるという意味で、これらこの諺が、「人間万事塞翁が馬」の同義の「禍福は糾える縄のごとし」の由来となりました。

【類語】沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり 由来・意味

「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」も「人間万事塞翁が馬」と同義の諺です。この言葉「瀬」は、昔は、物事に出合う時、場所、折、機会、などの意味がありました。また、川や海の浅くなっている所。また浅くて流れのはやい所のことも「瀬」といいます。

諺の意味は、人生には、浮き沈みがあり、悪いことがあれば、良いこともある。今、不幸なことがあったとしても、くよくよすることはない、という意味です。人の人生を川の流れになぞらえて、浮き沈みがあると説いています。

「人生万事塞翁が馬」の持つ「悪いことばかりは続かない」の教訓の意味合いが強い同義の諺です。