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禅問答の例文7つ・禅問答について書かれたおすすめの本4選

Author nopic iconそそんそ
カテゴリ:雑学

初回公開日:2018年11月01日

更新日:2020年05月22日

記載されている内容は2018年11月01日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

禅問答の例文7つ・禅問答について書かれたおすすめの本4選

禅問答とは

「禅問答」という言葉、あまり聞きなれない単語です。日常生活よりも小説など文字で目にすることの方が多いでしょう。

今回の記事ではそんな「禅問答」の解説と禅問答の具体例を7つ紹介して行きます。

古代インドからと歴史の古い禅という言葉ですが、「禅問答」はそれに関係し、東洋哲学と関わります。哲学的でウィットに富んだ禅問答の世界にのめり込むこと間違いなしです。これを機会にぜひ禅問答の世界を体感して見てください。

読み方

禅問答は「ぜんもんどう」と読みます。「ぜんもんとう」ではないので注意しましょう。「と」が濁ります。

言葉で発することが少ないので間違えやすいと言えます。注意です。

また「禅」という言葉は英語にしても「ゼン」と発音します。ある意味世界共通語とも言える「禅」は広く人々の間に知れ渡っています。

意味

仏教、特に禅宗の用語です。師から弟子に向けて問われる謎かけのようなものをさします。

すぐに答えが出るものではなく、また何が正解かもわかりません。側からからみれば屁理屈や一種の大喜利に見えることから、日常生活で禅問答という場合は哲学的なことや現実的でない議論をさして使われます。

公案

公案とは修行のために弟子が師匠から与えられる問題です。公案に回答していくことで禅問答が生まれて行きます。

公案のほぼ全てが一朝一夕には答えられるものではありません。回答の仕方や何を聞いているのかすらわからないものがほとんどです。こうした無理難題に答えていくことが「禅問答」の真骨頂と言えます。

由来

次に禅問答がどうして生まれたのか、その由来が気になるところです。

禅問答の意味は端的に言ってしまえばブッタの教えを体現しているかどうか?を証明するためのものです。あらゆる角度からの質問によって本当にブッタの教えが理解できているかどうかを試しています。

言い換えれば面接試験のようなイメージです。

景徳伝灯録

禅問答を集めた最もポピュラーな史料が「景徳伝灯録」です。

禅宗には「聖書」や「コーラン」のような聖典がありません。そのため彼らが行ったことは禅問答によって受け継がれてきた教えをさかのぼり、ブッタとくっつけることで正統性を獲得しようとしました。

紀元前の人であるブッタまでを禅問答でつないでいくため、途方も無い量の禅問答がここには収録されています。そのためこの書物が禅問答の基礎という立ち位置になっています。

禅問答の例文7つ

ここまでは「禅問答」について大まかな説明をしてきました。普段馴染みのない言葉である「禅問答」ですが、イメージがついてきたのではないでしょうか。

「禅問答」はその字面どおり言葉による対話がメインです。しかし身体作法である「禅」を取り入れたことで、その発想は言葉より身体を重んじる傾向にあります。現代から見ればその発想は新鮮なものに映るはずです。

では次に実際の「禅問答」の例文を7つご紹介します。

例文:野鴨

鳥がいると思うのは自分の心の働きに他なりません。鼻をつまんで痛いと言った弟子に対して、「ここにいる」と言ったのは弟子の心の働きがそこにあることを表しています。それを指摘した禅問答です。

仏教では人間の思い込みを極端に嫌います。思考で凝り固まると本質を見失うと考えます。

常識という言葉で作られた思い込みは思った以上に多くあります。それに気づかされる禅問答と言えるでしょう。

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師匠が弟子と歩いている。すると野原から野鴨の一群が飛び去っていった。
 それを見た師匠が、弟子に聞いた。
 「あれは何だ」
 「野鴨です」
 「どこへ飛んでいったのか」
 「わかりません。ただ飛んでいったのみです」
 答えを聞いた師匠は、急に弟子の鼻を強くつまんだ。
 「痛い!」
 「なんだ、飛び去ったというが、野鴨はここにいるではないか」
 弟子は悟りを開いた。

例文2:狗子仏性

この禅問答では犬には仏性、つまり解脱する能力があるかどうかに焦点が当てられています。仏教では万物全てに改心する能力があるとする立場ですが、ここではバッサリとそれを切り捨てています。ある種矛盾している風にも思えるこの問答ですが、師匠の中に矛盾はありません。

この「禅問答」を現代に引きつけて考えて見ましょう。自分の胸の内に秘められた能力は自覚する心がなければないものと同じということです。

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ある僧が、和尚に尋ねた。
 「犬にも、仏性(仏の性質)はありますか?」
 「ない」
 「なぜないのですか?」
 「自分に仏性があることを知らないからだ」