「ありがたい」と「ありがた迷惑」の違いとは?
一見、ポジティブな言葉ですが、それは時と場合によります。どういう訳か、過剰に干渉をして、ありがたがられたい人も存在します。それを「ありがた迷惑」と言います。
こちらが望んでいた事を自然に済ませてくれた、といった気遣いに対して「ありがとうございます。」という感謝の想いになりますが、何かにつけて口を挟み、邪魔な行為をされると、残念ながら迷惑意識も生まれるのが人間です。
では、その「ありがた迷惑」な言動を起こす人間の心理を詳しく紐解いていきます。
ありがた迷惑をしてくる人の特徴とは?
例えば、現在、戦争を経験した人は貴重な存在ですが、その当時は、食べる物や着る物も今の様に豊富に無く、苦しい時代を過ごした方々です。
ですが、残念ながら、それは時代の流れという考え方があります。現代の若者達にその苦しかった想いを説明して、同じような気持ちにさせる事は難しい事でしょう。なぜなら、その苦しい実体験の無い若者には、その状況は理解出来ず、伝わりません。苦しい時代に産まれてしまった悲劇を現代人に押し付けても、お互いに相まみれない現象が生まれます。
時代の異なる苦しみを長々と話し込み、理解を求め、押し付けて来る人には困惑する場合もあるでしょう。
母親の場合は迷惑?
何よりも、自分の子供が可愛いので、同じ体験をさせたくなく、自分がして来た苦労話や体験談をしつこく説いてくる場合があるでしょう。
ですが、その母親も歳が若い頃には、無知でした。それを、これから社会に出て様々な事柄を「自然に学ぶ」子供に文言のみで伝えても、それは大きな意味を成しません。むしろ、知識ばかりで、耳年増な人間に成り兼ねません。
「机上の空論」という言葉があるように、体験した事が身と成り、骨と成ります。良い事も、悪い事も起こるのが大きな人間社会であり、それを体感して行く事が人生です。
苦労をさせたくないという母親心は理解できますが、「可愛い子には旅をさせろ」という言葉があるように、子供も一人の人間です。社会に出て、様々な体験をする中で、自分で学んで、強く生きて行く事ができるでしょう。
父親の場合は迷惑?
母親とは違い、過干渉する父親は少ないでしょう。それは、仕事でほとんど自宅にいない、という事もありますが、父親の方がどっしりと構えた教育を好み、距離を置いて子育てをする傾向がある為です。
母親は、自分の身体で産んだ、という意識が強いという傾向がありますが、二人の力で産んだ事を忘れてはいけません。産まれた子供は、どちらか一方の持ち物ではありません。温かく見守る教育が、子供からは、ありがたいけれど迷惑な親、というネガティブな印象を持たれずに済むでしょう。
友達の場合は迷惑?
親しい友達がいる事は、人生に於いて素敵な事ですが、しつこい友人や、押しつけがましいありがた迷惑な友人は困るでしょう。
自分の好きな物を執拗に薦めて来る友達もいるでしょう。ですが、それは友人とはいえ、異なった人間です。全ての好みが合致する人間同士はいません。親しい間柄故に、こういったありがた迷惑な行為が発生します。
少しでも嫌悪感を感じたら、今後の長い友達関係を築く上でも、はっきりと断る事も大切です。気を遣いすぎて、ありがた迷惑な行為を受け入れていくと、疲弊するのは自分です。気を付けましょう。
職場の上司の場合の迷惑行為とは?
ポジティブに考えれば、親心と同じく、失敗しないように前もって助言をしてくれる場合が多いです。「転ばぬ先の杖」という言葉があるように、失敗する前にその理屈を説明しておけば安心と言った心理もあります。
ですが、人間は失敗をしなければ分からない生き物と言えます。例えば、車やバイクで交通事故を起こして、怪我を負って辛い思いをした経験があるとしましょう。当事者は、その想いを実感していますが、この辛さを他人に伝える場合はどうでしょうか。いくら、文言で伝えても、本当の苦しみは分かりません。これは、体験した人しかわからない「感覚・体験」という事です。
仕事で、事故を起こす事はありませんので時には、相手の将来の為にも、失敗を経験させるという事も上司の役目として大切でしょう。
親戚の場合の迷惑行為とは?
親戚も身内ですので、親のような存在がほとんどでしょう。やはり、親心と同様に過剰な心配を持ち掛けられたり、せっかくの好意も執拗な場合では、負担に感じる場合もあります。
言い易い相手であれば、やはり、はっきりと「それは、結構です。自分で出来ます。」とお断りをして、言葉で伝える事が一番大切です。それで、再度ありがた迷惑な行動をしてくる人はいません。
近所のおばさんって迷惑な存在?
近所の人々の行動をくまなく干渉し、言いがかりを付けて来るおばさんもいるでしょう。愛情がある故に起こす言動が、裏目に出る事もあるでしょう。ゴミ当番や音の問題で、過剰なありがた迷惑な行動をされて、負担を感じる事もあるでしょう。
やはり、この場合でもやるべき事をしっかりとこなした上で、言葉で伝える事が重要です。「伝わるであろう。」という勝手な考えは控えた方が良いでしょう。
言い辛い相手でも、負担を感じている場合には、手紙で伝えたり、状況によっては、はっきりと言葉にして伝えましょう。相手も人間ですので、ありがた迷惑な行動は無くなるでしょう。
「気が利く事」と「ありがた迷惑」との違いとは?
なぜ、同じ人間で同じ行動をしているにも関わらず、相手に与える印象が異なるのかという疑問が生まれる事でしょう。この、似ているようで大きく異なる「ありがた迷惑」と「ありがたい事」の違いをご説明致します。
順応力で迷惑行為は無くせる!
順応性という事でも表現出来ますが、ありがたい人の言動は押しつけがましく無く、「さりげない」事がほとんどです。相手が求めているであろう事を、それとなく終わらせて置く、などといった思いやりのある優しい人でしょう。
反対にありがた迷惑な人とは、自分だけの狭い考え方しか出来ない人、と言えるでしょう。「自分が体験して来たから相手も同じだ」といった決めつけた感覚がある為に、相手にとっては、ありがた迷惑という事になります。
人は想像の出来る生物です。何かの言動を起こす前に、少し想像をして、本当に相手が喜ぶ事か、それとも自分だけの押しつけではないか、という事を考えれば、落ち着いた判断が出来、相手にとって、ありがた迷惑な行為も自然と無くなる事でしょう。