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恋愛における無償の愛とは?無償の愛に関する花言葉や名言の紹介

Author nopic iconブロディ
恋の悩み / 2017年09月16日
恋愛における無償の愛とは?無償の愛に関する花言葉や名言の紹介

無償の愛とは見返りを求めない愛

無償の愛とは、見返りを求めない愛のことです。普通の恋は、たとえ片想いでも、好きな人からの愛情を求めます。好きな人が振り向いてくれたら、どれだけ幸せかわかりません。しかし、無償の愛とは、感謝の言葉や気持ちさえ期待しないのです。

それほど深い愛情を一般人が持てるでしょうか。もちろん無償の愛は、特別な人だけのものではありません。一番わかりやすい例えが赤ちゃんです。0歳の赤ちゃんや、1歳の子供に感謝の言葉を期待する親はいないでしょう。母が子に対する愛は、まさに無償の愛です。

愛したら、愛した分自分も愛されたいと思うのは、人として当たり前の感情です。幼い頃はともかく、子供が小学生、中学生とある程度成長したら、やはり感謝の気持ちや言葉を求めるようになります。無条件の愛というのは、なかなか難しいものです。

アガペーとエロス

無償の愛の意味をひもとくと、ギリシャ神話のアガペーとエロスという言葉に辿り着きます。アガペーとは、母なる愛で無償の愛のことです。そしてエロスとは、男と女の愛を意味します。日本語の「エロ」「エロい」とは少し意味が異なります。エロスという言葉は、もっと崇高な意味合いを持っています。

男と女の恋愛を「エロス」と呼びますが、決して嫌らしい意味はありません。もちろん官能的な意味もあり、無償の愛とは違った、互いに求め合う愛です。自分が愛した分、相手からも愛されたい感情を全面的に出します。

アガペーとエロスは、決して相容れない関係ではありません。始まりはエロスでも、やがて愛が深まり、エロスからアガペーに昇華することは十分にあり得ます。たとえ夫婦でも無償の愛は成り立つのです。万が一背中を向けられようとも、ただひたすら一筋に愛する大情熱です。

エロスとは生の原動力

エロスとは、肉体を求め合う愛とも言われています。それは「生の原動力」です。憧れの眼差し、自らの精神を上昇させようという魂、美と善の理想への追求。エロスは素晴らしいものであり、純粋な愛です。

美を追い求めていた芸術家が、最後に辿り着いた終着駅は、裸婦でした。女性の裸体ほど美しい芸術はないと言い切るのです。このことに賛同する芸術家は多いです。そういう意味でもエロスとは、決して嫌らしい意味ではないのです。

これ以上「エロス」について話を展開すると、「無償の愛」というテーマから大きくかけ離れていく危険性があるので、この辺にしておきましょう。大切なことは、エロスからアガペーに変わることがあるということです。

男と女の恋愛における無償の愛

母から子への無償の愛は頷けます。しかし、男と女の恋愛における無償の愛は、かなり難しいでしょう。本気で好きだからこそ、見返りを求めます。片想いの彼女が、朝会った時に、笑顔で挨拶してくれただけで嬉しいし、言葉を交わしただけで幸せを感じます。それが恋です。

今は片想いでも、愛する人を振り向かせたいと思い、積極的に会話して、少しでも親しくなろうと努力します。勇気を振り絞って食事に誘うこともあるでしょう。この感情は、当然無償の愛ではありません。見返りを求めている恋です。

見返りを求めない恋愛で代表的なのが、妻子ある男性、あるいは人妻への愛です。叶わぬ恋と知りながら、どうしても「好き」という大感情を消すことができないのです。そして、誰かが不幸になる略奪愛は全く考えていません。家族ともども幸福を祈る心は、まさに無償の愛です。

互いに無償の愛を贈り合う夫婦

これは実話です。始まりは恋愛で、やがて結婚し、妻は仕事をきっぱりと辞めて、愛する人の妻として、夫が仕事で全力を発揮できるように、家庭を守ります。家庭に憂いがないからこそ、夫は思う存分仕事に集中できます。「生涯を捧げても悔いがない男性と出会い、最高に幸福」と語る妻、まさに無償の愛です。

夫も、最高の女性と出会い、結ばれたことで、「自分は世界一幸せな男」と語ります。お互いに深い愛情を注ぎ合い、人間としても尊敬し合い、共に成長していきます。そこに愚痴や不平不満はなく、自立した者同士のカップルは、何かを求めるよりも、与えることに真剣なのです。

それほど仲が良い夫婦でしたが、夫は早死にします。妻は再婚することなく、夫を愛し続け、30年の月日が経ち、80歳を超えてもなお、変わらぬ愛で夫を思い、涙するのです。すでにこの世にいないのですから、全く見返りなど求めていません。無償の愛とは、無限の愛であり、永遠の愛です。

無償の愛のようで違う恋とは?

一方的な恋愛感情は、決して無償の愛ではありません。「あの人に愛されなくてもいい」「ただただ尽くしたい」と思う感情は、危うさがあります。自分を卑下し、自己肯定感が低い人は、「どうせ振り向いてくれない」と始めから諦めている場合があります。無償の愛とは、もっと大きな愛です。

本気で好きだから嫉妬もします。嫉妬心がある時点で無償の愛ではありません。片想いでも嫉妬します。それは本気で好きな証拠です。もちろん人として当然の感情なので、悪いことではないのです。無償の愛とは、その人も、その人の恋人、あるいは夫・妻も愛することなので、簡単ではありません。

無償の愛の意味を持つ花言葉は?

「無償の愛」の花言葉を持つ花といえば、スイカズラです。「無償の愛」のほかに、「友愛」「愛の絆」「献身的な愛」という意味もあります。冬の季節に、じっと耐えて可憐な花を咲かせるスイカズラは、無償の愛を表現するのに相応しい花です。

好きな人の誕生日プレゼントに花束を贈る男性もいます。「とてもキザで無理」「花屋に行くこと自体があり得ない」と言う男性は多いです。しかし、女性は花束を贈られると嬉しいのです。そして、贈るのに相応しい花を選ぶ時、花言葉が役に立ちます。

男性は花言葉に疎い人が多いですが、女性は花言葉に詳しい人もいるでしょう。花言葉の意味から贈るのに相応しくない花もあるのです。ですから、どうせプレゼントするなら、相応しい花を贈りたいものです。では、愛の花言葉を紹介しましょう。

チューリップの花言葉は「博愛」

幼稚園や保育園で童謡『チューリップ』を歌った記憶がある人も多いでしょう。子供の時から馴染み深い花です。チューリップの花言葉は、「博愛」です。博愛とは、万人へ穏やかな愛情を施すことで、まさに無償の愛です。思いやりに溢れ、広く平等に愛するという意味があります。

チューリップは、色によって花言葉も違います。赤は「愛の告白」で、黄色は「愛の芽生え」「誠実の愛」、紫は「永遠の愛」です。「誠実の愛」「永遠の愛」は、まさに無償の愛のことです。

赤い薔薇の花言葉は「愛情」

男性が好きな女性にプレゼントとして花を贈る時、筆頭に思い浮かぶのが赤い薔薇の花束です。赤い薔薇の花言葉は「愛情」です。花屋から彼女の家まで大きな赤い薔薇の花束を持って街を歩くのは勇気がいります。男性の冷たい視線と女性の温かい視線の両方を浴びることになるからです。

赤い薔薇は、ほかにも「美」「愛」「暖かな心」「私はあなたを愛する」という花言葉があります。愛を伝えるのに最も相応しい花といえるでしょう。

カーネーションの花言葉は「無垢で深い愛」

母の日に贈ることで有名なカーネーションも、よく知られている花です。花言葉は、「無垢で深い愛」「女性の愛」「母への愛」と無償の愛を思わせる愛の言葉が並びます。その中で「熾烈な愛」という意味もあります。無償の愛というと静かなイメージがありますが、貫くならば、熾烈な激しい感情が必要です。

マーガレットの花言葉は「心に秘めた愛」

外国では女性の名前にもつけられるマーガレットですが、花言葉は「心に秘めた愛」で、まさに無償の愛を連想します。愛の占いで、「好き、嫌い、好き、嫌い」と言いながら、マーガレットの花びらをちぎっていくシーンは、アニメなどでもたまに見ます。

マーガレットは、片想いの人に贈る花とも言われています。しかし、自分の「大好き」という熱い思いを心に秘めながら、ただ一筋に幸運を祈るという無償の愛もあります。

ひまわりの花言葉は「熱愛」

夏の花の代表格のひまわりは、太陽のイメージもあります。花言葉は「熱愛」で、まさに太陽のように燃え上がる熱い愛を感じます。太陽も無償の愛の象徴です。綺麗な花も雑草も、昆虫も害虫も関係なく平等に光を注ぐのが太陽です。

ひまわりは、ほかにも、「あなただけを見つめている」という花言葉があります。あちこち気が多く、目移りする無償の愛などあり得ないので、「あなただけを見つめている」という言葉も、無償の愛を思い浮かべます。

なでしこの花言葉は「純愛」

なでしこも有名な花です。なでしこの花言葉は、「純愛」「純粋な愛」「大胆」です。清純な女性に贈る花と言われています。大和撫子という言葉があるように、おしとやかなイメージがあります。無償の愛も、混じりけのない純粋な気持ちではないと無理でしょう。

愛の花言葉いろいろ

愛の花言葉を持つ花は、まだまだたくさんあります。ジャスミンの花言葉は、「愛らしさ」です。紫欄の花言葉は、「変わらぬ愛」「あなたを忘れない」で、鈴欄は、「幸福の再来」です。ピンク色の椿は、「愛情」「謙虚」「控え目な愛」という花言葉があります。

ドラセラの花言葉は、「永遠の愛」「幸福」で、やはり無償の愛を意味します。ウォールフラワーは、「愛の絆」「逆境にも負けない愛」「勝利」、サルビアは、「家族愛」「良い家庭」、ガーベラは「希望」、黄色のスターチアは、「愛の喜び」、ピンクの色のコケバラは、「尊敬」です。

男女の恋愛でエロスの段階であれば、赤い薔薇の花束を年齢の本数贈るなど、キザなプレゼントの方法もありますが、愛の深さがエロスからアガペーに変わった時、どういう花を贈るのでしょうか。花で口説こうという考えは一切なく、おそらくは、「励ましたい」「喜ばせたい」という純粋な気持ちでしょう。

無償の愛を描いた映画は?

無償の愛を描いた映画といえば、どのような作品があるでしょうか。フランスとアメリカの合作で大ヒットした『レオン』(1994年)も、無償の愛を描いています。監督はリュック・ベッソンで、大ブレイク前のナタリー・ポートマンが子役のヒロイン・マチルダを熱演しています。

主演はジャン・レノで、孤独な始末屋(掃除屋)レオンを演じています。マチルダは全くの他人の子で、助ける義務はなかったのですが、少女が助けを求めているのに無視できず、レオンはマチルダと行動を共にします。

年齢的にも親子のような関係ですが、レオンはマチルダを命懸けで守り続けます。敵に包囲されて絶体絶命の時、レオンは自分の命を捨ててマチルダ一人を生かすのです。無償の愛には、犠牲的な愛という意味も多分に含まれています。

ゴースト~ニューヨークの幻~

映画『ゴースト~ニューヨークの幻~』(1990年)は、「世界が泣いた」と言われるクライマックスが最高に感動的です。ジュリー・ザッカー監督の究極のラブストーリーですが、主役のサム・ウィート(パトリック・スウェイジ)は序盤で暴漢に刺殺されてしまいます。

一人残った恋人、モリー・ジェンセン(デミ・ムーア)に危機が迫り、ゴーストとなったサムは彼女を助けようと必死です。すでにこの世にいないので、まさに無償の愛です。霊媒師を介して彼女と会話しようとしますが、モリーはサムの姿が見えないので信じません。

サムの「愛してる」という言葉をそのまま霊媒師が伝えると、モリーは「彼は言わないわ」と嘲笑します。やはりインチキ霊媒師かと思った次の瞬間、サムの口癖だった、「同じく」という言葉を聞き、彼女は驚きの表情で空を見つめ、「いるの」とサムを探します。世界が泣いた感動シーンです。

ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』

『レ・ミゼラブル』(2012年)は、トム・フーバー監督がメガホンをとったミュージカル映画で、感動的な傑作です。この物語では二つの無償の愛が描かれています。主人公のジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)は囚人でしたが、仮出獄します。

司教の家に泊めてもらったのに、ジャン・バルジャンは銀の食器を盗んで逃げ、警察に捕まり、再び投獄されるところを、司教は「盗まれたのではなく彼にあげたのだ」と言います。司教の無償の愛に救われたジャン・バルジャンは、やがて大勢の人を助ける紳士になるのです。

ジャンは、孤独な少女コゼットを悪党から救い出し、娘として育てるのです。コゼットの母の命を救えなかったジャン・バルジャンは、コゼットを生涯懸けて守り続けます。何の見返りも求めない大きな無償の愛で、コゼットと、その恋人まで守り支え、ジャン・バルジャンは波乱万丈の人生の幕を閉じます。

ALWAYS 三丁目の夕日

山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズは、感涙必至の傑作です。茶川竜之介(吉岡秀隆)は、血のつながっていない赤の他人の淳之介(須賀健太)をわが子のように育てます。最初は実の親を探して返そうとしますが、情が移り本当の父子になっていくのです。

鈴木則文(堤真一)と妻のモエ(薬師丸ひろ子)も、六子(堀北真希)を実の娘のように大切にします。社長と従業員という関係をはるかに超えて、六子にとっての東京の両親になるのです。東京の下町独特の人情物語ですが、紛れもなく無償の愛です。

そして、茶川竜之介のヒロミ(小雪)に対する捨て身の恋は、まさに無償の愛です。見返りも感謝の言葉すら期待しない、ただひたすらに好きという深い愛情が、随所に散りばめられた名作です。

『タイタニック』の無償の愛

ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』(1998年)は、世界中を感動の渦に巻き込みました。思えばたった一日の愛です。出会いから別れまで、24時間あるかないかの短い恋ですが、それでも永遠の愛に結実するほど二人は深く愛し合いました。愛の深さに年数は比例しません。

ジャック・ドーソン(レオナルド・ディカプリオ)とローズ(ケイト・ウィンスレット)は、船で出会い、恋に落ちます。もとより二人は身分の違いなど眼中にありません。船が沈む時、ジャック・ドーソンは命懸けでローズを守ります。無償の愛とは、好きな人のためならば何の躊躇もなく命を懸けられる愛といえます。

ジャック・ドーソンは海の中に消え、ローズは助かります。生存者の名前を確認する人がローズに名前を聞くと、「ドーソン。ローズ・ドーソン」と迷わず答えるのです。無償の愛とは、永遠の愛です。

無償の愛を描いた『風立ちぬ』

『風立ちぬ』(2013年)は、宮崎駿監督が初めて手がけた大人のラブストーリーです。戦時中、堀越二郎と里見菜穂子は恋に落ち、やがて結婚しますが、菜穂子は結核が悪化していきます。当時は不治の病と言われていただけに、菜穂子はある覚悟を決めます。

最後まで愛する人のそばにいたい気持ちを、菜穂子は振り切り、二郎のもとを去ります。仲人を務めた女性は、去り行く菜穂子の気持ちを代弁するのです。自分の美しい時の姿を二郎の目に心に焼き付けて、朽ち果てゆく姿は見せたくないと。賛否あるのは当然として、女の無償の愛の形です。

不思議な映画『タクシード・ライバー』

名優、ロバート・デ・ニーロの最高傑作の一つが、『タクシー・ドライバー』(1976年)です。トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)は、少女アイリスと出会います。アイリスを演じたのは、まだ少女だった頃のジョディ・フォスターです。『タクシー・ドライバー』は何とも不思議な映画です。

マーティン・スコセッシ監督の独特の創造力で、『タクシー・ドライバー』は宣言通り、「50年経っても色褪せない傑作」になるでしょう。前半は無償の愛とはほど遠いストーリー展開ですが、恋人でもないアイリスを救うために、トラヴィスは命を懸けます。

結局牢獄へ行くトラヴィスですが、アイリスは裏の世界から抜け出し、普通の少女として学生生活を送るのです。助けてあげて恋人になる流れなら、見返りを期待しての行動ですが、トラヴィスには何の打算もなく、ただ純粋にアイリスを助けたかっただけです。

無償の兄弟愛を描いた『レインマン』

「無償の愛を描いた映画」と聞かれ、多くの人が、バリー・レヴィンソン監督の『レインマン』(1988年)を挙げます。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズのW主演で、兄弟愛を描いています。最初は、弟のチャーリー(トム・クルーズ)は、サヴァン症候群の兄・レイモンド(ダスティン・ホフマン)をバカにしていました。

しかし、レイモンドには、レストランで落とした無数のつまようじの数をぴったり当ててしまうような、特殊な能力があったのです。その能力を活かし、カジノで大儲けして、チャーリーは借金を返済でき、兄に救われます。

行動を共にしていくうちに情が移り、チャーリーは恋人のスザンナと二人で、兄のレイモンドを無条件で愛し、大切にします。小さい頃兄が家を出て施設に入ったのは、幼い弟を火傷させないためと知り、チャーリーは無償の愛で兄を包み、共に生きていく心を固めるのです。

無償の愛を謳う偉人の名言

無償の愛を謳う偉人の名言を紹介しましょう。マザー・テレサ、マハトマ・ガンジー、レフ・トルストイ、サン=テグジュペリ、ナイチンゲール、ヴィクトル・ユゴー、チャップリンと、誰もが知っている世界的な偉人の言葉の中から、愛の名言を選びました。

愛の宣教者 マザー・テレサ

「大切なのは、どれだけ多くを与えたかではなく、それを与えたことに、どれだけ多くの愛をこめたかです」

「正直で誠実であれば、人はあなたを騙すかもしれません。それでも正直に誠実でいなさい」

「今日善い行いをしても、次の日には忘れられるでしょう。それでも善い行いを続けなさい」

普通の人は、何かをしてあげて感謝の反応が薄いと、次は何かをしてあげることに、ためらいを覚えます。無償の愛の人は、始めから感謝の気持ちも言葉も求めていないので、行動に迷いがありません。

偉大なる魂 マハトマ・ガンジー

マハトマ・ガンジーのことは、知れば知るほど、人間はこれほどまでに強くなれるのか、これほどまでに偉大になれるのかと感嘆します。まさに無償の愛の非暴力の闘士です。言葉の力が武力や権力よりも強いことを実証した崇高な生涯でした。

「最高の道徳とは、不断に他人への奉仕、人類への愛のために働くことである」

「報酬を求めない奉仕は、他人を幸福にするのみならず、我々自身をも幸福にする」

「臆病者は愛を表明することはできない。愛を表明するとは勇敢さの現れである」

言論の獅子 レフ・トルストイ

ロシアの大文豪、レフ・トルストイは、貧しい子供たちを無償の愛で包み、常に民衆の側に立った作家でした。世界からも絶賛され、権力者が迫害できないほどの尊敬を集めていました。愛に関しての大情熱も凄まじく、その人物の途方のなさは計り知れないものがあります。

「確実に幸福な人となるただ一つの道は、人を愛することだ」

「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ」

「人生の唯一の意義は、人のために生きることだ」

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

「愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである」

「真実の愛は無限です。与えれば与えるほど大きくなる」

「地球は先祖から受け継いでいるものではない。子供たちから借りたものだ」

「本当の愛は、もはや何一つ見返りを望まないところに始まるのだ」

「あなたがバラのために時間をかけた分だけ、バラはあなたにとって大切なものになる」

「僕の命を救ってくれたのは、他でもない。このささやかなほほ笑みだったんだ」

近代看護の母 ナイチンゲール

「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」

「愛というのは、その人の過ちや自分との意見の対立を許してあげられること」

「人を愛するには、相手の魂に向かって旅しなければならない」

医師や看護師の中には菩薩の心が強い人がいます。仕事だからということではなく、目の前の一人を心から励まし、癒すのです。患者はロボットではなく人間なので、無条件の愛に心が洗われます。無償の愛とは、無条件に愛することといえます。

フランスの大詩人 ヴィクトル・ユゴー

不朽の名作『レ・ミゼラブル』の原作者、ヴィクトル・ユゴーはペンの力で圧制を倒し、凱旋門に帰って来た世界の大文豪です。民衆の敵を許さないという激しい闘魂は、迫害を呼び、波乱激流の人生を送ることになります。ユゴーは無償の愛で多くの貧しい民を救いました。

「愛すること、それは行動することだ」

「女は弱し、されど母は強し」

「愛しすぎるということがないのと同様に、祈りすぎるということはない」

「笑い声は太陽。人々の表情から冬を追い払ってくれる」

「海よりも広いものがある。それは空だ。空よりも広いものがある。それは人の心だよ」

喜劇王 チャールズ・チャップリン

チャップリンが監督・脚本・主演を務めた映画『独裁者』(1940年)は、まさに傑作です。前半は観客を大爆笑の渦に巻き込む抜群のユーモアを炸裂し、後半は権力の魔性を風刺し、ラストの演説シーンでは民衆への壮大な愛を謳いあげます。名言も民衆への無償の愛に貫かれています。

「私の苦痛が笑うきっかけになるかもしれない。しかし、私の笑いが、誰かの苦痛のきっかけになることだけは絶対にあってはならない」

「必要なのは知識ではなく思いやりである。思いやりがなければ残るのは暴力だけである。心に愛を知らぬものだけが憎しみ合うのだ。人生はもっと美しく、もっと素晴らしいはずだ」

無償の愛を描いた本の紹介

無償の愛を描いた本を紹介しましょう。偉人の名言や無償の愛を描いた映画でも触れましたが、ヴィクトル・ユゴーが執筆した『レ・ミゼラブル』は、無償の愛を見事に謳いあげた傑作です。ジャン・ヴァルジャンがコゼットを救うシーンはまさに圧巻です。

ボロのようなコートを纏ったジャン・ヴァルジャンを、貧しい男と勝手に思いバカにしていた悪徳夫婦でしたが、コゼットを引き取るために、ジャンが金貨を何枚も出し、夫婦をびっくり仰天させます。凄んで脅したところで、馬車を一人で持ち上げてしまう怪力のジャン・ヴァルジャンには通用しません。

売春婦になったファンティーヌを金持ちと警察が逮捕しようとした時、ジャン・ヴァルジャンが助けます。実はこのシーンは実話に基づいているのです。ユゴー自身が貴賎上下の分け隔てなく多くの民を救った無償の愛の人だけに、物語のリアリティと説得力が光ります。

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』

ゲーテの傑作『若きウェルテルの悩み』の主人公の片想いが、無償の愛かどうかは賛否分かれるところでしょう。しかし、多くの読者に多大な影響を与えました。一途な恋という言葉では足りず、一人の女性に生涯の全てを捧げ、全人格を懸けて愛しました。これも無償の愛の形です。

遠藤周作『わたしが・棄てた・女』

無償の愛を描いた本と聞き、遠藤周作著『わたしが・棄てた・女』を挙げる人は多いです。「薄幸な女性の献心は美しい」「他者を慈しむ愛」「崇高な愛に生きる娘」「これぞ無償の愛」と多くの読者が感動しています。

『春琴抄』『月のつぶやき』『カシコギ』

映画化もされた谷崎潤一郎著『春琴抄』は、深い愛の物語であり、真似してはいけない犠牲的な無償の愛を描いています。献身的な愛、プラトニックな愛の醍醐味、精神的な愛の形が巧みに表現された傑作です。

日木流奈著『月のつぶやき』は、心が癒されるメッセージに溢れ、人が生きることの素晴らしさを教えてくれる本です。10代の作者が「自分の心に正直に生きよう」と静かに問いかけます。人間本来の自然な生き方、心のあり方を考えさせられる一書です。

趙昌仁著『カシコギ』は、涙が止まらない感動的な作品です。「自分の生き方を再考してしまう」「当たり前の明日はない」「日々を大事に生きたくなる」と感動する読者続出です。シンプルでストレートな表現で親子の絆や無償の愛を描く文学作品です。

『おおきな木』『クラウディア奇跡愛』

シェル・シルヴァスタイン著・ほんだきんいちろう訳の『おおきな木』は、無償の愛をわかりやすく描いた絵本です。「大人が読む絵本」とも言われています。母から注がれる無償の愛を少年は気づかないまま育っていきます。親子というテーマを超えて、地球愛、人類愛が描かれています。

村尾靖子著『クラウディア奇跡愛』は、独占欲でもない、束縛でもない、広大な心を持った女性の魂を描いています。人は、ここまで一人の人を愛せるのかと、心を揺さ振る無償の愛の物語です。極限状態での究極の選択を迫られる感涙押さえ難い傑作です。

無償の愛とは、決して特別な人のものだけではありません。仏の慈悲や、神の慈愛、あるいは偉人の人類愛と変わらない崇高な心が、平凡な人々の胸中にも確かにあるのです。多くの文学作品が、そのことを物語っています。

エロスで始まる無償の愛

始まりは「彼女が欲しい」「抱き締めたい」という感情が心を支配しても、それは自然なことです。そこから人間的にも成長し、愛情に尊敬の心が芽生え、無償の愛に昇華されることは十分にあり得るし、結ばれるにしても、たとえ片想いでも美しいドラマです。

エロスからアガペー、恋愛における無償の愛など、あらゆる角度から無償の愛について考察してきました。また、無償の愛の意味を持つ花言葉や、無償の愛を描いた映画や本を紹介し、無償の愛とは決して特別な、選ばれし者だけのものではないことを確認しました。

生涯を懸けて、全人格を懸けて愛せる人と巡り会えることは、人として最高に幸せなことです。文学的な、詩的な表現ならば、「あなたと出会ってしまった不幸」といえるかもしれませんが、それも幸運の裏返しでしょう。無償の愛は限りなく人の魂を崇高にします。