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【国別】貴族の階級の一覧・序列・色|女性/呼び方/イギリス

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カテゴリ:文化

初回公開日:2018年01月29日

更新日:2020年03月05日

記載されている内容は2018年01月29日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

【国別】貴族の階級の一覧・序列・色|女性/呼び方/イギリス

知ってる?国別貴族の階級

18世紀・19世紀のヒストリカルな物語では、ヨーロッパではイギリスをはじめ、各国で貴族が特権を握り、勢力をうかがわせる場面が多々と登場します。公爵や伯爵など物語に出てくる貴族は、どういう階級順位で、どういう立場なのかご存知ですか。今回はそんな貴族の階級について、イギリス・日本を中心に見ていきましょう。

イギリスでの貴族階級

まずはイギリスです。現在も貴族制度が存在し、階級社会と言われているイギリス。貴族とはもともと、君主(国王・大公など)から功績をたたえられて叙爵された人たちのことを指し、与えられた土地と共に子孫に代々引き継がれていくものでした。

ヨーロッパ大陸での貴族は、兄弟全員が爵位を継承できましたが、イギリスは一人だけで、爵位は基本的にその家の男子が引き継ぐ世襲制でした。原則的に生前に爵位を譲ることはできず、爵位保有者存命中に、自分の意思で次の継承者を決めることはできません。では、爵位とはどういうものか、一緒に見てみましょう。

教えて!イギリス貴族の爵位のこと

イギリス貴族を語るのに、爵位のことは欠かせません。爵位とは5つの位があり、貴族はこの5つのうちのどれかの爵位を持っている人・家族を言います。

君主制だった頃に上位階級から「公爵(こうしゃく)」「侯爵(こうしゃく)」「伯爵(はくしゃく)」「子爵(ししゃく)」「男爵(だんしゃく)」となり、この5つを合わせて五爵(五等爵)と呼びました。

では上位から順に、イギリス貴族の爵位を見ていきましょう。

公爵 Duke

まずは公爵(こうしゃく)です。公爵(Duke)は五爵の最高位の階級です。もともとは王族の親戚などに与えられる爵位でしたが、特別な戦功があったじ臣民にも公爵位が与えられるようになりました。

王族の公爵ではコーンウォール公爵やエディンバラ公爵、ケント公爵などがあり、臣民階級の公爵はノーフォーク公爵、サマセット公爵などがあります。

侯爵 Marquess

次は侯爵(こうしゃく)の階級です。侯爵は公爵の下位、伯爵の上位にあたり、爵位の中では二となります。王族以外の人たちに与えられる爵位の最高位で、王家に仕えてきた家臣である家柄が大半でした。

伯爵 Earl

次は伯爵(Earl)を見てみましょう。伯爵は簡単に説明すると、地方領主です。公爵・侯爵に次ぐ爵位三の伯爵は、国王より大きな権力を持つ者もいて、より豊かな暮らしをしている者もいたと言われています。

子爵 Viscount

次は子爵です。子爵の貴族階級は伯爵の下位、男爵の上位にあたり、四となります。もともとは地方領主である伯爵の副官のような立場でしたが、のちに伯爵の階級を受け継ぐ嫡男の称号として使われるようになりました。

男爵 Baron

次は男爵です。男爵は貴族階級では子爵の下位で、五爵最下位の五にあたります。世襲制である貴族制度ですが、現在は一代貴族として一般市民から選ばれることがあります。叙勲者の選考は国家への貢献度を考慮し、選考委員会を経てイギリスの君主が決定します。

知ってる?日本での貴族階級

次は日本です。江戸末期から戦前までの近代日本においては貴族階級があり、ヨーロッパにおける貴族は、日本では「華族(かぞく)」と呼ばれていました。

上位から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五爵位でイギリスと同様ですが、日本の場合は「家柄」に対して与えられたもので、複数の爵位を持ったり華族で別の爵位を持つことはありませんでした。

では、華族制度における日本の貴族の爵位を見てみましょう。

公爵(こうしゃく)

まず日本における公爵です。日本で公爵になれるのは皇族、公家(五摂家と言われた近衛家・鷹司家・九条家・一条家・二条家)、武家(徳川家)、勲功者(三条家・岩倉家・島津家・毛利家・大徳寺家・水戸徳川家など)です。

侯爵(こうしゃく)

次は侯爵です。日本で侯爵になれるのは皇族(小松家・山階侯爵家・華頂家など)、公家(旧清華家である菊亭・久我家・花山院家など)、武家(池田家・浅野家・黒田家・佐竹家など)、旧琉球藩王家、勲功者(大久保利通・木戸孝允の子孫)です。

伯爵(はくしゃく)

次は伯爵です。日本で伯爵になれたのは皇族(伏見家・清棲家・上野家・鹿島家など)、公家(三条西家・中院家・姉小路家・烏丸家など)、武家(田安徳川家・一橋徳川家・福山藩阿部家・彦根藩井伊家・姫路藩酒井家・仙台藩伊達家など)、新華族(後藤家・大隈家・勝家・佐久間家など)、朝鮮貴族などです。

子爵(ししゃく)

次は子爵です。日本で子爵になれた基準は公家(旧堂上家)、武家(大名家である麻田藩青木家・松山藩板倉家など225家)、新華族(国家に勲功のあるもの)、分家(本家が高い位を持っている近衛秀麿家・徳川武定家など)です。

男爵(だんしゃく)

次は男爵です。日本で男爵になれた基準は公家(明治以降に分家した26家・奈良華族26家など)、武家(明治以降に大名家から分家した26家など)、神職・僧職(荒木田家・河辺家・阿蘇家・金子家・津守家など)、新華族(勲功ある政治家・官僚・軍人や三井家・住友家などの実業家)です。

日本とヨーロッパ 貴族の階級一覧

日本とイギリス、フランス、ドイツの貴族の階級を一覧にしました。ヨーロッパの貴族は王を中心とした特権階級でしたが、先祖代々受け継がれてきた領土とそこに住む小作人たちなどの暮らしを保持していかなければならない大きな責任をも担っていました。

しかし19世紀頃、ヨーロッパでは民主化が進み、お金で爵位を購入する新しい貴族が増え、その人たちは新貴族と呼ばれました。貧乏な貴族は広大な領土を保つ資金がなく、アメリカ富豪との婚姻が増え、新たな時代へと進んでいきます。

日本イギリスフランスドイツ
公爵 こうしゃくDuke デュークDuc デュクHerzog ヘルツォーク
侯爵 こうしゃくMarquis マーキスMarquis マルキMargrave マルグラーフ
伯爵 はくしゃくEarl アールComte コントGraf グラーフ
子爵 ししゃくViscount ヴァイカウントVicomte ヴィコント
男爵 だんしゃくBaron バロンBaron バロンFreiherr フライヘーア

貴族の階級の呼び方

次は貴族の呼び方を見ていきましょう。もともと貴族は領土を持ち、子孫代々に引き継がれ維持管理していくものでしたが、民主化が進むにつれ、領土を持たない新貴族と呼ばれる貴族が増えていきました。公称にはその領土名を入れていましたが、普段の呼び方は短く、正式な公称とは別の呼び方を持っていました。

イギリス貴族の公称・呼び方は?

ヨーロッパにおいて、貴族の公称や呼び方は国や時代により少しずつ意味が違ったり異なる場合があります。ここではイギリスを例に、貴族の公称・呼び方を男性・女性ともに見ていきましょう。

公爵の公称・呼び方

まずは公爵です。公爵の公称は「The Duke of 領土名」 です。領土名は、伯爵以上の旧貴族が持っていた、戦功の褒美として与えられた領土のことで、新貴族が新しく手に入れた土地・管理地などとは区別されます。公爵夫人・女公爵の場合は「The Duchess of 領土名」です。

公称に表現されると非常に長い名称になるため、呼び方としては公私・夫婦ともに「Your Grace」となります。

侯爵・伯爵の公称・呼び方

次は侯爵です。侯爵の公称は「The Marquess of 領土名」です。侯爵夫人・女侯爵には「The Marchioness of 領土名」となります。伯爵は「The Earl of 領土名」です。女伯爵の場合は「The Countess of 領土名」です。

侯爵・伯爵の呼び方ですが、侯爵は「Lord 領土名」で、女侯爵や伯爵には「Lady 領土名」を用いました。

子爵・男爵の公称・呼び方

次は子爵の公称・呼び方です。子爵の公称は「Viscount 苗字」、女性の場合は「Viscountess 苗字」となります。男爵の公称は「Lord 苗字」、女性の場合は「Lady 苗字」です。

子爵・男爵の呼び方は「Lord 苗字」、女性には「Lady 苗字」となります。

教えて!女性の貴族の階級

次は女性の貴族の階級についてです。イギリスの場合、女性も男性と同じように貴族は5つの爵位に分かれていました。それぞれ爵位の公称・呼び方は先ほど述べましたが、準男爵や士爵は貴族に準ずるものという地位のため、貴族ではありません。

貴族の女性は服装や食事、社交行事、手紙の書き方など、細かな決まりごとがたくさんありました。特に貴族の令嬢が男性と二人きりになることは憚られ、必ずお目付役をつけるのが当然でした。

もしスキャンダルとなると、その女性は社交界から締め出される暮らしをしていかなければなりません。同じマナー違反でも男性には甘く、女性の場合は厳しく罰せられる傾向がありました。

日本の貴族階級の序列

次は日本での階級の序列の歴史を見てみましょう。日本では古くは701年に大宝律令により、天皇中心の律令の階級が確立されました。

天皇は明冠四品(みょうかんしほん)で階級付けされ、天皇の子は最高階級になる一品(いっぽん)から四品(しほん)までの四階級で区分されます。親王・内親王の階級は品位(ほんい)といい、品位を授かることを叙品(じょほん)といいます。

また、天皇の子以下の皇族は王と呼ばれ、諸王は浄冠十四階(じょうかんじゅうしかい)と呼ばれ、細かく十四階級に区分されました。

日本の貴族階級を表す色

【国別】貴族の階級の一覧・序列・色|女性/呼び方/イギリス
※画像はイメージです
出典: Free stock photo of autumn leaves

次は日本での貴族の階級を表す色を見てみましょう。日本で階級を表すのに最初に色で分けられたのは官人の序列のためで、603年聖徳太子による冠位十二階と言われています。その後、天武天皇の時代、持統天皇の時代へと移りゆき、階級は六十階服色として細かく色目で階級が分かれていきます。

701年に大宝律令が施行され、天皇・皇族を中心とし、二官八省の官僚機構を骨格にした中央集権体制が成立します。時代が進むにつれて階級や服装に使われる色にもあらゆる規則が生まれ、禁色(きんじき)と呼ばれる制限を作りました。

禁色は皇族や高い階級の公卿のみに許された色目で禁色に指定された色目は禁色勅許と呼ばれる許可がなければ使うことができませんでした。この禁色の衣服を纏うことは階級のステータスであり、羨望の対象となります。

禁色(きんじき)

服の色で階級が定まっていく中で、九世紀半ばの平安時代頃から禁色(きんじき)と呼ばれる制度が誕生します。禁色とは、皇族や高い階級の公卿のみに許された色目で、禁色に指定された色目は禁色勅許と呼ばれる許可がなければ使うことができませんでした。この禁色の衣服を纏うことは階級のステータスであり、羨望の対象となりました。

禁色は時代が進むにつれて禁色の色目やあり方も変化していき、現在は儀式などで用いる袍などに、皇族に使われる色目として残っています。

皇族・公卿の袍色色目
天皇の袍色黄櫨染(こうろぜん)
天皇の袍色青色(山鳩色)
東宮の袍色黄丹(おうだん)(おうに)
上皇の袍色濃赤(こきあか)
高位の袍色濃紫(こむらさき)

貴族の階級は奥が深い

【国別】貴族の階級の一覧・序列・色|女性/呼び方/イギリス
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出典: Princess - Free pictures on Pixabay

ヨーロッパや日本における貴族の階級やあり方を一緒に見てきましたが、いかがでしたか。貴族階級は長い歴史によって確立され、非常に奥深い意味があることがうかがえます。

貴族の世界を知ることで、ニュースや物語などに対する考え方もより深まり、より興味深いものとなります。また旅行で現地を訪れた際も、長い歴史に刻まれた貴族の物語を、より深く感じることができるでしょう。