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「羹に懲りて膾を吹く」の意味と使い方・類語・反対語・例文

Author nopic iconkyoko
言葉の意味 / 2018年05月11日
「羹に懲りて膾を吹く」の意味と使い方・類語・反対語・例文

「羹に懲りて膾を吹く」の意味と使い方は?

皆さんは「羹に懲りて膾を吹く」という故事をご存知でしょうか。昔中国で、熱い中華スープ料理を食べて口を火傷してしまった人が、警戒心が強くなって冷たい膾料理を食べる時にまで、息をかけて冷まそうと無用な備えをしたという意味です。

この話から、前に痛い目にあったことで普通程度より恐れるようになって、必要以上に警戒して疑ったり、余計な備えや対策をすることのたとえです。今回は、「羹に懲りて膾を吹く」の由来や類語、反対語などをご紹介します。

中国に伝わる「楚辞」では、言葉の使い方として「羹に懲りて膾を吹くように、不測の事態に備えて自らの安全は自らで守りなさい」と言っています。

「羹」の意味

「羹に懲りて膾を吹く」の「羹(あつもの)」とは、音読みで「こう」と呼び、野菜や魚介類、鶏肉などの肉類をぐつぐつ煮込んだ熱い汁物をいいます。和食では味噌汁、欧米のポタージュなどにあたる汁物は、中国語では「湯(タン)」といい、多くの種類があります。

中国のスープ「湯」は、味噌汁やコンソメスープのような脇役ではなく、メインのおかずとして食べられます。野菜はねぎ、香菜、菜心など、季節によって旬のジュンサイや筍などを使い、魚介類はアワビ、フカヒレなど、スープによっては高級で珍しい具材を使用します。

肉は鶏肉、羊肉、アヒル肉、ガチョウや豚の内蔵、ウズラや鳩の卵など豊富な種類の肉類をスープに入れます。また、漢方薬としての面もあり、健康面でも優れた料理です。

「鱠」の意味

「羹に懲りて膾を吹く」の「膾(なます)」は、音読みで「かい」と呼び、元々中国では豚肉や鶏肉、魚肉などを細かく切ったものに味付けをして、煮るなどの熱は加えずそのまま生で食べる料理のことをいました。

鶏や豚などの肉を使った料理は「膾」、魚の肉を使った料理は「魚膾」または、「鱠」と書いて表します。日本では、大根や人参などの野菜類や、鯵などの魚類を千切り、または、細かく刻んだものを主に酢で調味した和え物に形を変えました。

きゅうり、茗荷、昆布やワカメ、鯵やニシンなどを具材にした酢の物や、イカや貝、にらやうどなどの山菜を和えた酢味噌を「鱠」に属する料理とされています。このことから、「羹に懲りて和え物を吹く」という故事もあります。

「羹に懲りて膾を吹く」の類語は?

「羹に懲りて膾を吹く」という故事は、一度嫌なひどい目にあった人が、その味わった経験の苦しみから過剰に警戒して、他人から見たらやりすぎと感じる言動をしてしまうことを指します。

似たような意味の故事成語や漢文がいくつかあり、また、西洋の英語のことわざにも同じような言葉があります。このことから「羹に懲りて膾を吹く」のように、時代や民族、人種など関係なく、人間の感情や心情は変わらないことがわかります。

漢文

漢文とは、中国の主な民族である漢民族が、中国語として表現する漢字という文字で書かれた文語体の文章のことをいいます。文語とは、現代で一般に日常生活で使われる言葉で、文語体はそれによって表現された文体を指します。

広い意味では、漢詩や日本で編み出された漢文的な趣の文章をも含んで表すこともあります。「羹に懲りて膾を吹く」の漢文は、「懲羹而吹膾(ちょうこうすいかい)」といいます。

吠日之怪

「羹に懲りて膾を吹く」の故事の類義語(意味が似ている言葉)に、「吠日之怪(はいじつのかい、または、はいじつのあやしみ)」「蜀犬吠日(しょっけんはいじつ)」という中国から伝わる漢文があります。

昔中国に「蜀(しょく)」という国があり、深い山々に抱かれた土地は雨がよく降り、霧や曇天が多く、晴天が少ない気候でした。その国に住む犬は、時たま晴れて顔を出した太陽にびっくりして吠えたといわれる意味の故事です。

このことから、君子や偉大な賢人の、優れた言葉や行動の本質や真意を見抜けない人は、自分が理解できないことを歪んだ見方から相手を疑い、おかしいではないかと責めるというたとえです。「蜀」は現在の中国中南部、揚子江上流に位置する四川省を指します。

呉牛喘月

「羹に懲りて膾を吹く」に似た意味の漢文にもう一つ、「呉牛喘月(ごぎゅうせんげつ)」があり、「呉牛、月に喘ぐ」ともいいます。

「昔中国に「呉」という国があり、今の江蘇省南部から浙江省の地域一帯を指しました。南国の「呉」は気候が暑い土地で、そこに住む牛は、夜の月を目にしてもじりじりと地上を照らす太陽と思い込み、条件反射のように辛そうに喘いで息をしたという故事です。

ここから疑心暗鬼や勘違いから、不必要な強すぎる恐怖心に支配されること、また、ありもしない疑念を抱いて取り越し苦労することをいい、取り上げて問題にすることのないできごとに、尋常ではない恐怖心や警戒心、疑念を持つことをいいます。

故事成語

故事とは、古来の昔から伝承されてきた由来のあることをいい、故事成語はその謂われが源となった言葉をいい、主に中国から伝来されて生まれた語を表します。「杞憂」「四面楚歌」「大器晩成」「背水の陣」などの言葉があります。

また、ことわざも古い時代から伝承されてきた人生の教えや戒め、あるいは、人間の生き方を批評する内容の言葉をいいます。リズム感のあるコンパクトな言い回しが多く、「身からでたさび」「光陰矢のごとし」「悪に強ければ善にも強し」などのことわざがあります。

犬と灰汁に関連した故事

「羹に懲りて膾を吹く」の類義語の故事で、犬と灰汁に絡んだ故事が多くあります。灰汁とは、物を燃やした後に残った灰を水に浸した時の上澄みの事で、古くは食事後の汚れた食器の洗浄や、衣服の洗濯、染織などに使用されました。

・「黒犬に噛まれて灰汁の垂れ滓に怖じる」

・「黒犬に噛まれた者は灰汁滓に恐る」

・「黒犬に食われて灰汁の垂れ滓に怖じる」

・「白犬に噛まれて灰汁の垂れ滓に怖じる」

黒犬、または、白犬に噛まれたことのある人は、垂れ落ちた灰の上澄みが黒く、または、白くなった箇所を目にしても自分を襲った黒犬、または、白犬に見えて尋常ではないほどひどく怖がったことから、程度を超えて恐怖心に支配されることをいいます。

黒犬に噛まれて赤犬に怖じる

「羹に懲りて膾を吹く」と類似した意味で、色の違う犬に関連づけた故事で、「黒犬に噛まれて赤犬に怖じる」があります。黒犬に噛まれて痛くて恐ろしいおもいをしたことのある人は、色が赤い犬を見ただけでひどく怖がるという意味です。

黒犬に噛まれて釜の尻に怖じる

「羹に懲りて膾を吹く」の類語には、犬が絡んだ故事が多いですが、釜と関係づけた故事もあります。「黒犬に噛まれて釜の尻に怖じる」は、黒い犬に噛まれて臆病になった人は、釜の裏の焼け焦げて黒くなった所を目にしても黒い犬だと勘違いして、ひどく警戒して怖がることからきています。

釜とは、ご飯を炊いたり、お湯を沸かしたりするための鉄製で作られた道具のことで、現代の炊飯器ややかんの役割をする生活道具として用いられました。

舟に懲りて輿を忌む

「羹に懲りて膾を吹く」と似た意味で「舟に懲りて輿を忌む」の故事があります。昔、舟に乗って散々な目にあった人が、輿にさえ乗るのを嫌がるようになり、乗り物は全て避けたことをいいます。

前に経験した災難などが原因で、もう二度と同じことは御免だと神経質に恐れて、程度を超えた警戒をすることのたとえです。輿とは、屋根のある囲いの中に人を入れて運ぶ乗り物で、昔のタクシーのような役割でした。

蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる

「羹に懲りて膾を吹く」の類義語には、犬や牛など動物が登場し、犬に噛まれて痛くて怖い目に合った故事が多いですが、蛇の場合もあります。怖い体験をしたために、恐怖心から冷静な判断ができなくなり、正常な認識ができなくなります。

「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」は、蛇に噛まれて辛い体験をした人が、年月や風雨、汚れなどで形が朽ちたただの縄まで、蛇のもように見えて怖がったという意味です。「朽ち縄」は蛇の姿形に類似しているので、蛇の異称(本名以外の呼び名)として用いられます。

火傷を経験した子供

英語にも「羹に懲りて膾を吹く」と類似したことわざがあり、国や人種が異なっても、恐怖や怒りなどの原始的な感情から似たような言動をします。「The burnt child dreads the fire」(火傷を負った体験をしたことのある子供は、それがトラウマになって火をとても怖がるようになる)

火傷をした猫

人間が怪我や事故などを体験して、恐れて無用な警戒をする意味の故事がたくさんありましたが、それは動物の立場でも同じことがいえます。「A scalded cat fears cold water」(沸騰した熱い湯で火傷を負ったことのある猫は、トラウマから冷たい水にもひどく怯えて警戒するようになる)

罠にかかったことのある鳥

怖い体験をして怪我や事故などに遭うと、人に限らず動物にも当てはまり、「羹に懲りて膾を吹く」のような行動をしてしまいます。「Birds once shared fear all bushes」(罠に一度かかって恐ろしい目にあったことのある鳥は、どんな茂みも全部恐れて警戒するようになる)

「羹に懲りて膾を吹く」の反対語は?

「焼け面火に懲りず」と「火傷火に懲りず」の反対語は、火傷をしてもう二度と御免だと感じているはずなのに、忘れてしまったかのように平気で火にあたっていることから、過去に嫌な経験をしたにも関わらず、再び似たようなミスを犯してしまうたとえです。

「羹に懲りて膾を吹く」の書き下ろし文は?

「羹に懲りて膾を吹く」の原文は、「懲於羹而韲兮 何不変此志也」で、「羹に懲りて韲を吹く、何ぞ此の志を変えざるや」の訳文になります。

由来

「羹に懲りて膾を吹く」は、春秋戦国時代の中国に生きた楚国の政治家で詩人の「屈原(くつげん)」(前340年頃~前278年頃)が著した「楚辞」の中の一文です。屈原は、堅物なほど真面目でしたが、私欲に迷わない清廉な人物として中国では敬愛されています。

しかし、当時はその潔白な性質が禍して、私欲にまみれた狡猾な人物たちに邪魔にされて、地位の低い官職に落とされていきました。国王を始め、彼の忠告に誰も耳を貸さなかったばかりに楚国は傾き、悲観した屈原は汨羅江(べきらこう)という川に身を投げてしまいました。

端午の節句

屈原を救出しようと、民衆は竜舟(ドラゴンボート)と呼ぶ舟で川へ出ましたが、時すでに遅しでした。その日は現在の端午の節句、5月5日にあたり、彼の死を悼んだ民が、川に住む魚が遺体を口にしないようにと、竹笹で包んだ炊いた飯を投げて捧げました。

以来、現代に至るまで大切な行事として毎年行われてきました。これが竜舟と端午の節句の粽(ちまき)の起源となる歴史上のエピソードです。

「羹に懲りて膾を吹く」の用例は?

「羹に懲りて膾を吹く」の用例を挙げると「羹に懲りて膾を吹くで、子供が水に溺れてからというもの、風呂の湯も怖がって入ろうとしないんだ」「彼は自動車事故に遭ってから、自転車にさえ乗るのも嫌がるようになって、まるで羹に懲りて膾を吹くのようだ」などがあります。

「羹に懲りて膾を吹く」を教訓にしよう

今回は、「羹に懲りて膾を吹く」の意味と使い方、類語や反対語などをご紹介してきました。怪我や事故に遭うと人によってはトラウマになり、必要以上に警戒をして怖れるようになります。

人間関係でもいえますが、人との付き合いで嫌な経験をしたからといって、誰もかれも疑って人と深く関わることを避けていると、本当にいい人との出会いも逃してしまいます。

熱い羹と冷たい鱠料理を判断することは簡単ですが、人の本質を見抜くことは難しいです。しかし、過剰に臆病になって、ありもしない疑心のために正しい判断を誤らないように、「羹に懲りて膾を吹く」を教訓に人生を過ごしましょう。