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「悶える」の意味と使い方・読み方・類語と熟語・例文・対義語

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言葉の意味 / 2018年05月10日
「悶える」の意味と使い方・読み方・類語と熟語・例文・対義語

「悶える」の意味と使い方

「悶える」という言葉は口に出すことは少ないですが、心情を表す言葉として小説や漫画などの文字作品に多く登場します。悶えるという感情は老若男女問わず、また国を超えて認知されている感情だということができます。しかし「悶える」という感情はその言葉が持っている意味から、若い年代の人より年を重ねた人に当てはまりやすい言葉です。

「悶える」の意味や使い方がわかれば、感情の細かい機微を表現することができるようになります。口に出すことが少ない言葉だからこそ、文字にするとその人の細かい感情の動きや心情の変化を表現することができます。

意味

「悶える」とはどういった意味なのでしょうか。「悶える」という感じの中に「心」という感じが入っているため、心情や感情を表す言葉であることがわかります。また、「悶える」という言葉は動詞であることから、行動を表す言葉であることもわかります。

「悶える」には大きく分けてふたつの意味があります。ひとつは、苦しみや痛みに耐えかねて体をよじる様子を表す言葉です。そしてもうひとつは、ある事柄に思い煩い苦しむ様子を表す言葉です。どちらも、苦しんでいる現状を打破しようと苦しんでいることを表現しているという部分では一致しています。

苦しみや痛みに体をよじる

今までで大きな怪我や病気をしたことがある人は、その苦しみや痛みに悶えた経験があるでしょう。自分ではどうしようもない苦しみや痛みに耐えるとき、誰もが悶えることでしょう。その苦しみや痛みが大きければ大きいほど、悶えるのも大きくなり、人のみならず動物や魚、虫などでも悶えることはよくあります。

思い煩い苦しむ

初恋や片思いを経験したとき、恋煩いに悶えたことがある人も少なくないでしょう。好きな人のことを考えるだけで胸がつまり悶えることしかできない日々は、懐かしくも良い思い出だという人もいます。思いが募れば募るほど、悶えるのも大きくなります。どうしようもない苦しみは、病気や怪我の苦しみに似ているとも言えます。

使い方

「悶える」という言葉にはふたつの意味があるため、使い方にもふたとおりの使い方があります。一般的に「苦しみや痛みに体をよじる」という意味の「悶える」はマイナスイメージで使われることが多いです。一方で「思い煩い苦しむ」という意味の「悶える」はプラスのイメージで使われることが多くなっています。

文字作品での使われ方

小説や漫画では「悶える」を使うことで、その人の心情と様子を同時に表現することができます。読み手に対して、表情や仕草など細かい情報を想像しやすくすることもできます。口に出して使うことが少ないのは、「悶える」という言葉が口に出しては伝えることができない細かな情報を多く含んでいるからだと考えられるでしょう。

「悶える」の読み方

「悶える」はなんと読むかわかるでしょうか。「悶える」は「もだえる」と読みます。漢字一文字では「もん」と読み、「悶々とする」は「もんもんとする」と読みます。似た漢字で「閟」という漢字がありますが、こちらは門構えの中が「心」でなく「必」なので間違わないように注意する必要があります。

「悶える」の「悶」という漢字の部首は「門構え」ではありません。「悶」の部首は「こころ」です。「こころ」は「悲」や「怒」など心情を表す漢字に使われる部首です。漢字検定準1級に出題される漢字であり、部首を間違えやすい漢字の一つであると言えます。

「悶える」の類語

「悶える」という言葉にはどのような類語が存在するのでしょうか。苦しさや痛みから逃れようとする意味では、「足掻く」や「もがく」が類語であると言えます。どちらも身体的または精神的に苦しい状況から逃れる場面で使われ、「もがく」の方が「悶える」より絶望的な状況で使われることが多い言葉です。

また「悶える」によく似た言葉で「身悶えする」という言葉があります。実際に体を動かして悶える様子を表す言葉で、「身悶えして痛がる」「身悶えして泣いている」というように使われます。

「悶える」や「足掻く」、「もがく」よりも苦しんでいることを強調する言い方で「のたうつ」という言葉があります。「のたうちまわる」という言い方をすることもあり、いたさや苦しみのあまり地面を転がっている様子を表す言葉です。

「悶える」の熟語

「悶える」の「悶」という漢字が使われる熟語にはどのようなものがあるのでしょうか。二字熟語では「苦悶」「悶々」「悶着」「本悶」「憂悶」「鬱悶」「廃悶」などがあります。どれも苦しみに対して悶える様子を表す言葉で、「苦悶の表情」など日常でよく使われる表現も多くあります。

四字熟語

四字熟語で「悶え死に」という言葉があります。苦しみに死んでしまうように悶える様子を表す言葉ですが、現在ネットなどでもよく使われる表現です。可愛いペット動画のコメント欄には「悶え死にした」「悶えてしまう」などのコメントがあふれています。自分の感情の動きの大きさを表現するのにぴったりの言葉と言えるでしょう。

「悶える」の対義語

「悶える」という言葉にはたくさんの類語が存在し、熟語もたくさんあることがわかりました。では「悶える」の対義語にはどのようなものがあるのでしょうか。「悶える」という言葉には厳密には対義語は存在しません。しかし、「悶える」という言葉の意味を考えると反対の意味を持つ言葉がいくつか存在します。

無表情

例えば「ノーリアクション」「無表情」「無反応」「なしのつぶて」などが反対の意味を持つ言葉としてあげることができます。「悶える」という言葉が感情が動き居ても立っても居られない状況を示す言葉なので、「何かが起きても動じない」という意味の言葉は、対義語ということができるでしょう。

萎える

また、恋愛に対して思い煩い苦しむ場合に使う「悶える」という言葉に関しては、「萎える」という言葉が対義語に当たると言えます。同様の意味で「冷める」「興ざめする」などの言葉も対義語と言っていいでしょう。

「悶える」の例文

実際に「悶える」という言葉はどのような場面で使われているのでしょうか。「悶える」という言葉に加え「悶」という漢字が使われる場面もあげてみます。実際は心情や感情が動くような大きな事柄が起こったときに使う言葉ですが、現代では小さい事柄でも大袈裟に伝えるために使用されることも多いのが現状です。

まずは最もポピュラーな恋愛に関する場面での例文です。恋愛に関しては悶える気持ちの大きさもいろいろで、その増減も激しいのが特徴です。また、誰かにわかってほしい、知ってほしいという感情を誰もが持っているため、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワークサービスで頻繁に使われる傾向にあります。

例文

「彼に名前を呼ばれて悶えてしまった」「手を握られて悶え死にする」「声を聞くだけで悶えてしまう」など、状況の後に「悶える」という言葉をくっつけるのが一般的です。自分自身の体験をを示すのが一般的ですが、中には「カップルの中の良さに悶えてる」など自分以外の状況を見て使うこともあります。

現代においては、悶えるほど感情が動いていないのに「悶える」という言葉を使う傾向にあります。ソーシャルネットワークサービスではより大袈裟に共感を得ることを目的としている人が多いため事実より大きく伝えるのが一般的です。

かわいい

可愛いペットや子供を見たとき、恋愛感情とは別に悶えてしまうことがよくあります。ツイッターやインスタグラムでは、ハッシュタグに「悶え死に注意」とつけて投稿する人も多く、みた人を悶え死にさせるような画像や動画を投稿することに喜びを感じている人もいます。

例文

「犬の赤ちゃんが可愛すぎて悶え死んだ」「子供が一生懸命走っていて思わず悶えた」「お散歩動画悶え死に注意」など、自分の中だけでは収まらない感情の動きを共有しようとする人が多く存在します。また中にはおじさんやサラリーマンなど、一般には悶えるようなことがないものに悶える人も少なからず存在します。

かわいいものに対しては、口語でも「悶える」という言葉を使う人も存在します。かわいいという言葉では表現しきれないほどの感情の動きを「悶える」という言葉で表現します。

怪我

重い病気やひどい怪我の痛みで悶える経験はできればしたくないでしょう。すぐに治療や手当ができる状況であればいいのですが、悶え耐えなかればいけない状況の方が多いでしょう。また、重症や重い病気でなくとも、日常でありがちな怪我だからこそ悶えるほどの痛みであることも多いです。

例文

「タンスで小指を打ってしまって悶えている」「歯の痛みに悶える」「腕を骨折し悶えることしかできない」など、痛みの大小に関わらず悶えることは多くあります。特に「タンスの角で小指を打つ」シチュエーションは、誰しも一度は経験したことのある「悶えるシチュエーション」と呼ぶことができるでしょう。

一般に悶える痛みとは、手足やお腹、胸に伴う痛みであることが多いです。苦しみや痛みから体をよじる様子を表す言葉なので、頭の痛みや目の痛みが伴うときには使われることは少ないです。同じ痛みでも使い方に違いがあることに注意しなければなりません。

「悶える」経験はしたほうがいい

悶えるという言葉は良くも悪くも、感情が揺さぶられ居ても立ってもいられない状況にあることを示します。もちろん苦しみや痛みによって悶えてしまうのは避けたいですが、恋愛やかわいいものに接したとき、思わず悶えてしまう経験は人生において経験しておいた方がいいと言えるでしょう。

ソーシャルネットワークシステムが発達し、自分の感情を不特定多数に発信することができるようになりました。それに伴い、自分の感情に賛同してほしい、分かち合いたいという気持ちも多くなっていることは間違いないでしょう。悶えてしまうほど感情が動かされたシチュエーションは、人生で何度も出会うことはないでしょう。

年を重ねた人の方が悶えた経験が多いと述べたのはこのためです。苦しみや痛みで悶えた経験も、恋愛に悶えた経験も、人生を振り返ったとき良い思い出になることは間違いないでしょう。

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