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大日如来はスピリチュアルな存在となり得る?理解を深めてご利益を手に入れよう!

「大日如来」という仏様を知っていますか。阿弥陀如来や釈迦如来、不動明王といった一度は耳にしたことがある有名な仏様との関係も深いとされています。

大日如来は、奈良県の円成寺や、千葉県の妙楽寺、岩手県の中尊寺、和歌山県の高野山金剛峯寺などの日本各地で像を見ることができます。そもそもどのような存在で、どのようなご利益があるのでしょうか。

ここでは、大日如来のご利益や真言、関わりのある仏様などについて紹介しています。この記事を読むことで、大日如来について知り、自分自身とのつながりについても考えることができるでしょう。

今まで大日如来という言葉しか知らなかった人も、興味がなかった人も、一度チェックしてみてください。

大日如来とは?

大日如来とは、密教における最高位の仏様で、宇宙のすべて、森羅万象であるとされています。密教とは、仏教がヒンズー教の教えを取り入れることで誕生したものであり、釈迦如来や阿弥陀如来は大日如来が姿を変えたものだと考えられています。

「大日」という言葉は「偉大な太陽」という意味で、その名の通りこの世のすべてをいつも照らしている存在です。一方「如来」とは「悟りの境地に達した人」を指します。

密教には智恵を表す金剛界と慈悲を表す胎蔵界という二つの世界があり、それぞれの世界の中心にいるのが性格の異なる大日如来です。見た目にも違いがあり、金剛界の大日如来は智拳印、胎蔵界の大日如来は法界定印という手の形をしています。

大日如来がもたらすご利益

大日如来がもたらすご利益には、「家運上昇」「災難削除」「安産」「厄除け」「転禍招福」などがありますが、宇宙の根源である大日如来はすべての事象にご利益をもたらすと言われています。

感謝の気持ちを表現すれば、大きな力としての功徳をいただくことができるでしょう。また、真の幸せの姿を示しているため、力を受けることで正しい判断もできるようになると考えられています。

ご利益を受ける方法

大日如来の真言を唱えることで、ご利益を受けることができると言われています。しかし、適当に唱えても効果が発揮されないこともありますので、精神統一して思いやる心をもち、真言ははっきりと唱えるようにしましょう。

また、常日頃から信仰心を磨いていれば、常に持ち歩いている携帯電話の待ち受けにすることでもご利益があるとされています。

大日如来の縁日は毎月28日とされており、この日はよりご利益を得ることができるでしょう。

大日如来が寄り添う人にみられる3つの傾向

大日如来が個人に寄り添い見守るということはよくあることですが、そのような人にはある傾向が見受けられます。必ずその特徴がある訳ではありませんが、ここでは3つの傾向をご紹介します。

1:「さる年」もしくは「ひつじ年」

1つ目に「さる年」もしくは「ひつじ年」生まれであることが挙げられます。仏教では守護本尊といって生まれ年の干支によって一生を守り続けてくれる仏様がいます。

大日如来は「さる年」「ひつじ年」の守護本尊であるため、その年の生まれであれば生まれながらにしてお守りくださるでしょう。

2:生まれた時刻が「午後1時から午後5時まで」の人

生まれ年ほどではないですが、大日如来とつながりやすい生まれ時刻もあります。これに関係するのが今とは違う形で1日の時間を表した古時刻・十二時辰と言われるものです。1日を12等分した時間に十二支が振り当てられています。

そのため、とりの時間帯である「午後1時から午後3時」とさるの時間帯である「午後3時から午後5時」を合わせた「午後1時から午後5時まで」が、大日如来が守護霊として降りてきやすくなると言われています。

3:信仰心を持っている

3つ目の「信仰心をもっている」という特徴がとても重要です。信じる心、信仰心がなければ守護霊は降りてくることができません。普段から感謝をし、大日如来を感じることでつながることができます。

また、信仰に厚くても波動が低ければ守護霊の庇護下に入ることができないため、プラスのパワーを集め、自身の魂の波動を高めることも大切です。

大日如来とつながる方法

大日如来とつながるためには条件がいくつかあり人それぞれですが、必ず必要とされているものがあります。それが「信仰心」と「高い波動」です。

大日如来とつながるためには、三密観(さんみつかん)と阿字観(あじかん)という瞑想法がありますが、これらの目的は仏と一体となる「即身成仏」です。

三密観は空海がひらいた真言宗を始めとした密教の教えのことで、「身密(しんみつ)・口密(くみつ)・意密(いみつ)」を合わせたものが三密です。また、日常でも行える三密修行法もあります。

阿字観には、「数息観(すそくかん)」「阿息観(あそくかん)」で呼吸を整え、「月輪観(がちりんかん)」「阿字観」の順で瞑想を進めるトレーニングがあります。興味をもった方は確認してみてください。

大日如来のことば

瞑想や祈りの際に使われるものとして真言(マントラ)があります。マントラとは「文字」や「言葉」を意味するもので、密教では教えや功徳などが含まれる言語です。

大日如来独自の真言には数種あり、一つは光明真言、そして金剛界と胎蔵界の二つの世界における真言です。

光明真言は「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラバリタヤウン」と言い、「私たちの進む道を限りない光で明るく照らし出し、成就へとお導きください」という意味があります。

金剛界では「オンバザラダトバン」、胎蔵界では「オンアビラウンケン」と言い、それぞれ意味も異なります。

関係の深い仏様とその関係性

密教では、仏様が教えを説く場合に教導すべき対象の性質により現れる姿が異なるとされており、このことを三輪身と言います。この考え方のもと、関係の深い仏様を紹介します。

阿弥陀如来様との関係

阿弥陀如来とは、浄土教において極楽浄土の本尊で、すべての者を極楽浄土へ導くとされています。

京都府平等院などに祀られている阿弥陀如来像は、身につける装飾品は一切なく、白毫があり、螺髪と呼ばれる髪型です。特徴とされるのが手の形で、代表的な印相として指で輪を作る「阿弥陀定印」「来迎印」があります。

一部の言い伝えでは、阿弥陀如来の真の姿は大日如来であり、人々を極楽浄土へと導くために姿を変えたと言われています。

釈迦如来様との関係

釈迦如来とは、仏教の開祖です。本名をゴータマシッダールタといい、修行して悟りを得て如来となりました。

京都の清涼寺などに祀られる釈迦如来像は、白毫に螺髪、装飾品のない布一枚の出家姿であり、右手は恐れを取り除く施無畏印、左手は望む者を与える与願印の形になっているのが主な特徴です。

こちらの釈迦如来も、一部の言い伝えでは大日如来が姿を変えたものであると言われており、宇宙の根源や心理を人々に説くために姿を変えて現れたとされています。

不動明王様との関係

不動明王は五大明王(不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王)の中心となる明王で、全国各地で「お不動さん」の名前で親しまれています。

一般的な不動明王像は、忿怒相と言われる怖い顔で、右手に三鈷剣(さんこけん)、左手に羂索(けんじゃく)を持ち、背中に炎を背負った姿が特徴的です。千葉の成田山新勝寺や京都の東寺が有名です。

悪を絶ち仏道に導くことで救済する役目を担っており、普段は柔和な大日如来が優しさだけでは通用しない人々を正しい道へと諭すために、恐ろしい顔をした不動明王へと姿を変えたと言われています。

スピリチュアル的にみる大日如来

まず、「スピリチュアル」とは「魂」や「心」の今であり、目に見えないがすぐそばに存在しているものです。

そもそも、「宗教」と「スピリチュアル」は別のものであり、目的と目的を達成するための方法にそれぞれの特徴があります。現世の苦痛や罪から免れるための「宗教」に対し、自分を知り現世を肯定するためのものが「スピリチュアル」です。

また、死後の世界に学ぶ「宗教」に対し、むしろ前世を重視するのが「スピリチュアル」だと考えられています。

これらを含めたうえで、大日如来の存在や関わりをスピリチュアルの観点からみてみましょう。

大日如来はアセンデッドマスターなの?

アセンデッドマスターとは、もともとは地球に存在していたものの、死後次元上昇し、天界に存在する高潔な魂をもつ人たちのことです。人が人生の分岐点に立った際に方向を示したり、良い方へ導いたりしてくれます。

また、アセンデッドマスターの語源となったascension(アセンション)という言葉の意味は次元上昇です。

アセンデッドマスターには、「神に似た者」という意味を持つミカエルや、人間の身体に4本の腕と象の頭を持つヒンドゥー教の神とされるガネーシャ、日本神話の最高神である天照大御神などが挙げられ、大日如来もこれにあたると考えられています。

大日如来と堕天使ルシファーの共通点

ルシファーはキリスト教の神話において、すべての天使の上に立つ存在とされていました。しかし、神と対立したことで「堕天使」へと堕ち、「堕天使ルシファー」と呼ばれ、悪魔としての扱いを受けるようになっています。

「ルシファー」の意味は、ラテン語で「明けの明星」「光をもたらす者」です。そして、大日如来の大日には「偉大な太陽」という意味があります。光をもたらす者と太陽を司る者として関わりがあったかもしれません。

大日如来について知ろう

大日如来は宇宙そのものであり、すべての生命は大日如来から生まれたとされています。偉大な存在ですが、いつもこの世のすべてを明るく照らし人々を導き続ける、とても身近な存在でもあります。誰の意識の中にも存在しているため、感謝して信じる心をもてばつながることができるのです。
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