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謙遜する人の特徴と性格|謙遜を感じる言葉・言い回しの例

Author nopic iconice
人間関係 / 2018年01月19日
謙遜する人の特徴と性格|謙遜を感じる言葉・言い回しの例

日本人の美徳として謳われる「謙遜」

日本人の美徳のひとつに、「謙遜」という価値観があります。

しかし、具体的にはいまいち理解していない人が多いのではないでしょうか。
そして、現在使っている「謙遜」は本当に謙遜なのでしょうか。

こういった事に焦点をあて、謙遜について紹介します。

謙遜しがち、謙遜しすぎな人の特徴・性格

「謙遜(けんそん)」という言葉があります。この謙遜という言葉をためしに広辞苑(第5版)を引いて確認してみると、『控えめな態度で振る舞うこと。へりくだること』とのことです。

これだけではいまいちよくわからないため、具体例を示して説明していきます。

謙虚な人の特徴というもの

謙遜をする人の特徴としてまずあげられることは、「あまり自己主張をしない」ということです。これは単に消極的なわけではなく、それはどちらかというと「自慢をしない」という美点に繋がります。

それから謙遜する人というのは、相手が変わるたびに態度を変化させることの少ない人、という印象があります。これは言わば、極端にへりくだるなど「卑屈な態度をとっていない」ということにつながります。

あとは我慢強いという印象もあります。ですが謙遜をしている、と言われる人たちは我慢をしているつもりはないのが特徴です。相手の意見を素直に聞き入れることができるため、話し手に反発して、イライラを募らせるようなことがないのです。

それから、我慢強いという印象は辛いときでもあきらめない、という事にもつながってきます。外からやってきた無理難題ととらえているわけではなく、自分の内にある原因ということとしてとらえ、解決の道筋へ自分を導いていくのです。くわえて素直に反省できる人であるため、自分のことを正しく分析することもできるのです。

ほかにもこういった人は、人を傷つけるような言動を言うことがまずありません。それは相手の立場に立って考えることができるという能力があるためです。つまり人の気持ちを慮ることができる、相手の痛みが分かるということにつながります。そのため、常に感謝の気持ちを持っている人ということが出来て、能力を出し惜しみすることがないというのも特性だと言えます。

そしてこれは本人もあまり意識はしていないですが、謙遜をする人というのは周りに流されているから腰が低いわけではないのです。謙虚な人たちは、確固たる信念というものを持っているため、図々しいことや、悪口といったものが恥であるということを自然と理解しているためです。

なお謙遜とほぼ同じ意味で使用されるのが「謙虚(けんきょ)」という言葉です。同じように広辞苑第5版で引いてみると、『控えめで素直なこと』となっています。

特徴から導かれる謙遜しがちな人の性格とは

これらをまとめてみると、謙遜をするという人の性格は、

・素直である
・自分を偉いと思っていないため他人に対して分け隔てなく接することができる
・人の意見を素直に聞くことができる
・辛さに耐えることができる
・自己吟味することができる
・人の気持ちをおもんばかることができ、そのため人を傷つけるようなことはしない
・出し惜しみといった行為をしない
・「恥」とされる行為を認識することができ、それを行わないという、確固たる信念を持っている

こういった人だということが言えます。

謙遜でよく使われる言葉や言い回し

それにしても本当に「謙虚」な人はその言葉ひとつひとつが非常に素直だと感じられる美点があります。ではそういった言葉ですが、具体的にはどういったものがあるのか見ていきます。

謙遜をする人というものを概念的にとらえると

謙遜するときは、相手をたてることを考えます。ですから基本相手の話を聞く態度をとります。そもそも自分のことばかり話していたら相手が話ができないだけでなく、気分を害されてしまうときがあります

受け身となってすべてを学ぶような謙虚な姿勢がすなわち謙遜的な態度なのです。

逆にまず使われないのが自慢をするための言葉です。こうした図々しいことばはまず使われません。くわえて悪口、というものは謙遜をする人が使わない言葉の代表みたいなものです。

具体例は?

「謙遜」をする言葉の具体例を示すと、会話で受け身になり話を続けてもらうための言葉として「なるほど」といった丁寧な相づちをうったり、受け身で学んでいることを示す「そうなんですね」といった言葉などが使われます。

とくに、褒められたりしたときは素直に「ありがとうございます」と言い、そのままの形でその言葉を受け取ります。

謙遜と卑下のちがい

ところで「卑下(ひげ)」という言葉がありますが、これは謙遜とはどう違うのか見ていきます。

卑下とは?

再び広辞苑第5版をひもといてみると、「卑下」は『自分を劣ったものとしていやしめること、へりくだること』とあります。

具体例としては、褒められたときなど「いえいえ、わたしはまだまだですよ」などと自分の立場を下げる言葉です。

謙遜と卑下のちがい

「謙遜」で一番素晴らしいのは、決して揺らがない、健全な形でのプライドを持っていることです。くわえて人からのアドバイスといった、他人の意見を素直に聞くという点をもっています。

そして「卑下」は自分で自分のことを否定する、もしくは自分で自分にレッテル貼りをすることと言えます。

わかりやすく言うならば、「謙遜」は自分の立場をそのままに、素直な態度をとることです。しかし「卑下」だと、大前提として「自分はダメなやつだ」と設定することによって相手の価値を高めることです。

なお、この卑下ということの危険な点は、自分の立場をさげていくということなのですが、もしも褒めてくれた方が目上の人だった場合、目上の人の顔を潰すようなことになります。もしくは、「せっかく想いを伝えようとしたのに拒絶された」と相手の人の顔をつぶすことにもなりかねません。

くわえて自分で自分のことを否定していくうちに、本当に自分の価値が下がってしまうことがあるのです。この「卑下」の状態が続くと自分で自分を嫌いになる、という形へもつながります。

日本人の謙遜に関する本の紹介

日本人のもともとの「謙遜」という心情を分析した本で最も有名なものは新渡戸稲造が書いた「武士道」です。

「武士道」という本について

まず「武士道」とはなにかを簡単に説明すると狭義的には武士階級の倫理および道徳的観念、広義的には日本独自の常識的な考え方をさします。

そもそものはじまりは、ベルギーの法学者であるラヴレー氏に「日本にはなぜ宗教教育がないのだ、それでどうやって道徳的教育をしていくのだ」と訪ねられたからだそうです。そして新渡戸稲造はその役割を果たしているのが『武士道』だと気がついたとのことです。

くわえて新渡戸稲造の妻はアメリカ人女性であり、そのため島国である日本ではどのようにその精神的土壌が成立してきたかを、外国哲学や科学思想を用いて解説したというのがこの本の特徴となっています。

内容を具体的に書くと、新渡戸稲造が説く「武士道」とは、仏教と儒教の長所を継承しており、義・勇・仁・礼・誠と名誉を重んじる、武士という身分に伴う義務としています。

なお現在は青空文庫にも収録されているため、ネットから無料で読むことができます。

日本人は謙遜しがち?

そして、日本人が海外で暮らすと、日本人は「謙遜しすぎ」な民族ということに気がつく人が多いようです。ですが、現代日本で使われている大半は「謙遜」ではなく、「卑下」が多いということに日本人は気がつくべきです。

具体例を示しますと、料理などをふるまうとき、日本人は「おいしくないかもしれないけれども、どうぞ」といった感じでまず否定の言葉を頭につけてしまいます。自分をおとしめて他者をもちあげるという、典型的な卑下の例ですね。

逆に外国の方はだいたい、「おいしくできたからぜひ食べてみて!」と肯定の言葉で勧めてきます。

とはいえ若い方の中では、最近は自己主張がはげしく、自分が一番でないと気がすまない、といういままでの日本人の気質とは異なった形の方も、インターネットなどの影響によって出てきています。

「謙遜」という価値観を大事にしていこう

大きく開かれた世界であっても、相手のことを思いやるという素晴らしい「謙遜」という価値観を大事にしていくべきです。ただ注意する点として、「謙遜」と「卑屈」ということだけははき違えてはいけないのです。