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無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

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スピリチュアル / 2018年05月31日
無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

「無財の七施」の読み方とは?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

無財の七施の読み方はむざいのしちせと読みます。宗教によってはむざいのななせと呼ぶこともあります。

無財とは財がなくても、つまりお金がなくても七つのお布施ができるということです。

無財の七施はどこからきた言葉?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

無財の七施は雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)に書かれています。雑宝蔵経とはさまざまな物語が、全部で121話含まれている経典のことです。無財の七施は雑宝蔵経に出てくるもので、布施心のひとつです。

布施の1番が法施(ほうせ)で今では仏陀の教えを分かりやすく伝え、その教えによって生きていくと幸せになることができるという教えです。2番目が財施(ざいせ)でお金や物を施し、相手を幸せにしてあげることになります。3番目が無財の七施です。お金や物がなくてもできる布施行(ふせぎょう)のことです。

無財の七施とは?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

ありがとうやおかげさまの気持ちを行動で示す身近な実践のことを無財の七施といいます。

お金がなくても物がなくても周りの人々に喜びを与えられ少しでも喜んでいただける方法があるというのが無財の七施の教えの事をす。世間一般の損得勘定では与えた人よりも与えられた人の方が得をするようなイメージですが、布施はほどこした人の方が幸せな気分になり、与えられた人よりも与えた人を幸せにするという教えのことです。

お布施という言葉で何を思い出しますか?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

お布施という言葉を聞くと、法事やお葬式でお坊さんに読経してもらったあとに渡す現金を思い浮かべます。

しかし、本来の意味は違くお布施はお坊さんに渡す謝礼のことではありません。出家した修行者のボロボロになった衣服を見た人々、がせめて着るものだけでもと使い古しの布を施したのが始まりと言われています。そこには喜んで捨てる心や見返りを求めない心があります。

見返りを求めないで喜んで捨てる、そんなことを無財の七施も教えています。

宗教別の無財の七施の意味と行い方

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

無財の七施とはどういった意味なのか、ここでは宗教別の言い方や意味をご紹介していきます。

浄土真宗

浄土真宗での意味をご紹介します。

・眼施(げんせ)優しいあたたかいまなざしで、周囲の人々の心を明るくするように努めること。

・和顔悦色施(わげんえっしょくせ) 優しい笑顔で人に接すること。

・言辞施(ごんじせ) 優しい言葉をかけるように努めること。

・身施(しんせ) 肉体を使って人のため社会のために無料奉仕すること。

・心施(しんせ) 心から感謝の言葉を述べるようにすること。

・床座施(しょうざせ)場所や席を譲り合う親切のこと。

・房舎施(ぼうしゃせ) 求める人や尋ねて来る人があれば一宿一飯の施しを与えその労をねぎらう親切のこと。

真言宗

真言宗での意味をご紹介します。

・眼施(がんせ) 眼施とは優しい目で相手を見つめること。

・和顔施(わがんせ) 笑顔は人との距離を縮めるもの。笑顔がコミュニケーションにおいて大切な要素なのだという教え。

・言辞施(ごじんせ) 優しい言葉や思いやりのある言葉で相手に安心感を与えようという教え。

・身施(しんせ) 身を呈して周りの人間を助けることの大切さを説く教え。

・心施(しんせ) 慈悲の心を持って相手を見つめること。

・正座施(しょうざせ) 仲間に対して進んで相手に座る場所やときには寝泊まりする場所をも提供し安らぎを与えること。

・房舎施(ぼうしゃせ) 山岳修行をするときに最も困るのは食事と雨露をしのぐ場所の確保。もし自分が雨の当たらない場所を見つけて、雨に濡れている人がいるならその場所を少し場所を譲るべきという教え。

曹洞宗

曹洞宗での意味をご紹介します。

・眼施(がんせ) 常に温かく優しい眼差しを施すこと。

・和顔施(わがんせ)いつもニコニコ笑顔で接すること。

・言辞施(ごんじせ) 優しく時には厳しく叱る愛情のこもった言葉。

・身施(しんせ) 自分の身体を使い奉仕すること。

・心施(しんせ) 心配りや気配りや思いやりの心を持ち相手の立場になってみること。

・床座施(しょうざせ) 座席や場所や地位を譲ること。

・房舎施(ぼうしゃせ) 家や部屋を提供すること。

浄土宗

浄土宗での意味をご紹介します。

・眼施(がんせ) 人を憎まず常に和らいだまなざしで周りを見ること。

・禾顔施(にげんせ) 嫌な顔つきを人に見せずにこやかに和らいだ顔を周りに与えること。

・言辞施(ごんじせ) やさしい言葉を人々にかけること。

・身施(しんせ) 身をもって尊敬の態度を相手に示すこと。

・心施(しんせ) 善い人の心で人を和らぎ善いことをしようと努めること。

・床座施(しょうざせ) 床の間が上座になるなど目上や年上の人に席を設けること。

・房舎施(ぼうしゃせ) 本来は主に父母や師や宗教家などがきた時には泊まらせること。他人を自宅に自由に出入りさせることを示す。

日蓮宗

日蓮宗での意味をご紹介します。

・眼施(げんせ) 優しいまなざしで接すること。

・和顔施(わがんせ) 笑顔やさしい表情で周りに接すること。

・言辞施(ごんじせ) 相手を思いやる言葉や心のこもった言葉で人に接すること。

・身施(しんせ) 自分の身体でできることを奉仕することを示す。

・心施(しんせ) 思いやりの心や周りに心を配ること。

・床座施(しょうざせ) 場所や席を譲ること。

・房舎施(ぼうしゃせ) 自分の家を提供し人を泊めてあげたり休ませてあげたりすること。

臨済宗

臨済宗での意味をご紹介します。

・眼施(がんせ) あたたかい優しい眼差しを与えること。

・和顔施(わげんせ) 明るい笑顔やほほえみを周りに与えること。

・言辞施(ごじんせ) あたたかでやさしい言葉をかけること。

・身施(しんせ) 身体を使って人のために働くこと示す。

・心施(しんせ) 相手の幸せを心から祈ること。

・牀座施(しょうざせ) 場所や席を進んで譲ってあげること。

・房舎施(ぼうしゃせ) 一宿一飯を与えること。

言い回しは違っても意味は同じ?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

上記で紹介した宗教別の無財の七施は言葉や言い回しは違えどももともとは同じ意味です。ここでは無財の七施の意味についてもっと詳しく掘り下げていきましょう。

眼施

無財の七施の中の眼施とは、優しい目で相手を周りを見つめることをいいます。

優しい目で見ることで、相手は見守られているという安心感を持ちます。目は口よりもものを言うとか、目は心の鏡という言葉があるとおり、相手の目を見ると思いはだいたいわかります。

相手を思いやる心で見つめると、自然にやさしい眼差しとなり相手は安心します。目を通して相手に心が伝わって、相手も自分の気持ちを理解して、お互いが打ち解けることができることでしょう。

そして傷ついた心やすり減ってしまった心が癒されるでしょう。

和顔施

無財の七施の中の和顔施とは、笑顔の事を示します。眼施と同様に、顔はその人の気持ちを表します。素敵な笑顔や和やかな笑顔を見ると、幸せな気持ちになります。純粋無垢な笑顔に接する時、人は人生の苦労を忘れ、生きがいさえ感じます。

そして笑顔は伝染します。笑顔は周囲全体を和ませトゲトゲしい対人関係をスムーズにします。人生では腹の立つことも嫌なこともたくさんありますが、暮らしの中ではいつもニコニコとなごやかで穏やかな笑顔を絶やさぬよう心がけたいです。

言辞施

無財の七施の中の言辞施とは、優しい言葉をかけることをいいます。言葉は人と人との関係を円滑にする、大事なコミュニケーションの手段です。私たちは言葉一つで相手を喜ばせたり、逆に悲しませたりする事ができます。

「こんにちは」や「ありがとう」や「おつかれさま」や「お世話になります」など、当たり前の挨拶を心から伝えることが重要です。心からの優しい言葉は、どんなに相手を喜ばせるか、どんなに救いになるか計りしれません。

身施

無財の七施の中の身施とは自分の身で奉仕することです。例えば重い荷物を持ってあげる事や、困っている人を助ける事、お年寄りや体の不自由な方をお手伝いするというような、身体でできる奉仕の事を示します。

どんなに良いこととわかっていても、それが実行できなければ意味をなしません。よいことを思いついたら、実行し、自ら進んで人のために尽くしましょう。相手に喜んでいただくと同時に、自己の心も高められます。

心施

簡単にいうと、無財の七施の中の心施というのは、思いやりを持つことをいいます。相手の立場に立って考える言葉を掛ける事や、家族のように相手を心配し心を寄り添うことです。

心の持ち方で物事の見方が変わってしまうように、心はとても繊細なので、自分の心も言葉遣いや態度に映し出されます。自分だけがよければいいというのではなく、心底からともに喜びともに悲しむことができ、人の痛みや苦しみを自分の痛みとして感じ取りましょう。慈悲の心や思いやりの心が、自然とやさしい顔や和やかな眼差しにも表れてくることでしょう。

床座施

無財の七施の中の床座施とは、譲ることを示します。どうぞの一言で電車や会場でお年寄りや身体に障害を持っている方に席を譲ることです。また、座席だけに限らず、全てのものを分かち合い譲り合う心が大切であるという意味です。場合によっては自分の地位を譲って後のことを託すという意味も含まれるでしょう。

房舎施

無財の七施の中の房舎施とは自分の場所を提供するという意味です。四国にはお遍路さんをもてなすお接待という習慣が残っています。人を家に泊めてあげたり、休息の場を提供することなど、大変なですが普段から来客に対しても心をこめておもてなしをしましょう。平素から喜んでお迎えできるように、家の整理整頓や掃除も心がけるのも大切です。

また、家だけではなく、雨の時に相手に傘を差し掛ける思いやりも房舎施の一つといえます。

簡単に言うと無財の七施を行うってどういうこと?

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

無財の七施のように仏教の言葉で言われると難しくてよくわかりません。しかし、無財の七施の意味を解いてみるととても簡単な事を伝えています。

人のため誰かのため、心配りや思いやりを持ち、自分の身体でできることを心をこめて行わせてもらうことです。人のために行った些細な言動が、人の幸せに繋がり、幸せな人間関係が形成され、世の中が素敵な繋がりとなり、結果自分自身も幸せな人生が歩めるというこです。

無財の七施を行うのにお金も時間も必要ありません。今日から無財の七施を心掛けてみましょう。

無財の七施に関する本

ここではもっと詳しく無財の七施の事を学びたい方におすすめの本をご紹介します。

この世の悩みがゼロになる 小林正観

この本は無財の七施の事にも書かれています。宗教をよく知らない人にもとてもわかりやすく書かれていて読みやすい本です。また人生が思いどおりにならないと思う方や仕事が嫌いと思う方に読んでもらいたい本です。

悩みがたちまち解消する考え方がこの本の中にあります。講演回数が年330回を超える話題の著者が教える、仏教の教えや無財の七施の教えも混ぜて書いた人生の法則の本です。

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年齢を重ねると、経験を積んだ分だけ人生が楽になると思っていたのだが、実際は年を重ねるたびに悩みごとが増えて行くような気がする。
斉藤一人さんとともに我が家で絶大な人気を誇るのが小林正観さん。
今回読んだ正観さんの本は「この世の悩みがゼロになる」。

この本も読むだけで心が晴れる有り難い話が盛りだくさん。
誤解しないで欲しい。
有り難いとは言っても、何か答えを授けてもらうのではない。
考え方のアドバイスをしてもらえるのだ。
しかも、答えはすべて自分の心の中にあることなので、解決するのは簡単。
「思い」を変えられるか否か。
これを読めば、まずはやってみる価値があることに気がつく。

無財の七施の出典は?

上記でも触れましたが、無財の七施とは、雑宝蔵経というお釈迦様と弟子たちの時代から西暦2世紀カニシカ王が終る頃までの物語121話が書かれた経典の中に伝わる話に出てくる言葉です。

心一つで変われる

無財の七施の意味とやり方・読み方|浄土真宗/真言宗

何度も書きましたが、無財の七施はお金も時間も必要ありません。心一つで、今この時から始められるのが無財の七施の教えです。

今日から、優しい目と、優しい笑顔と、相手を思いやる言葉や、相手を思いやるこころを大事にして生活しましょう。周りはもちろん、自分自身の人生も心豊かに過ごすことができるでしょう。

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