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サプールの大切な2つのルール|サプールはひとつではない

Author nopic iconシム
カテゴリ:メンズファッション

初回公開日:2018年10月22日

更新日:2020年08月21日

記載されている内容は2018年10月22日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

サプールの大切な2つのルール|サプールはひとつではない

サプールとは

サプール文化はコンゴ共和国の首都ブラザヴィルと、コンゴ民主共和国の首都キンシャサを中心に広がっています。週末になると、カラフルなフランス紳士の正装スタイルや黒ずくめのモノトーンスタイルなど思いっきりおしゃれをしています。そしてストリートを闊歩し、クラブに繰り出します。

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「SAPEUR」・サプールとは、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国で90年以上の歴史を持つ独自の文化で、貧しくともおしゃれを心から楽しみ、世界中の人々に愛と平和のメーセージを発信している紳士達のことで、最近は世界中で注目を集めています。
サプール協会日本支部 ホームページより

コンゴ共和国の収入

コンゴ共和国の平均月収は約2万円、コンゴ民主共和国では約5千円程度にすぎず、多くの人が貧困にあえぐ厳しい暮らしをしています。

サプールも例外ではありません。でも、彼らはファッションこそ人生や生活そのものと考えています。月収の何倍も服に惜しげもなく投資することを止めません。

プラダ、アルマーニ、ベルサーチ、ヨウジヤマモトといった、ハイブランドファッションやアクセサリにお金をつぎこみます。

サプールの歴史

サプールの歴史は1920年代から始まります。その起源は完璧なフランス紳士のファッションで、現コンゴ共和国に帰国し現地の人を驚かせた、独立活動家アンドレ・マツワにあるという説があります。

また、1940年ー1950年代頃、ブラザヴィルの仕立て屋がパリ風をまねて作った服が現キンシャサに伝わり、サプールがお隣の国にも伝わったという説もあります。

成立後、サプールは2つの首都で独自の進化を遂げました。

ファッションを通じて平和を願う

サプールには「戦争があっては、ファッションも楽しめない。また服が汚れたりボロボロになったりするような戦争があってはならない」という平和主義の思想が根付いています。

コンゴの多くの国民は敬虔なカトリック教徒です。かつての宗主国フランスやベルギーの過酷な植民地支配や度重なる内戦などの経験から、もともとの平和志向の思想が強化されて行きました。

サプールの大切な2つのルール

サプールは単なるファッショニスタではありません。サップ(SAPE)というサブカルチャーのルールやコンセプトの信奉者でもあります。ルールの中で「一度に3色以上の色は使わない」と「ジェントルマンでいること」の2つは特に大切です。

サップ(SAPE)とは「Societe des ambianceurs et des personnes elegantes」の略で「おしゃれで優雅な紳士協会」と訳されています。

ルール1:一度に3色以上の色は使わない

ブラザヴィルの街を闊歩するサプールの写真を見ると、お世辞にもきれいと言えない街並みとど派手でカラフルなサプールのコントラストに驚かされます。でも嫌みにはならず、どこまでもエレガントで楽しいという印象です。

これはどうしてでしょうか。それは3色以内の原理を守っているからでしょう。例えば青、白、赤のトリコロール(またはフランス国旗)の組み合わせや紺、青、黄色の補色のコーディネートなどでまとめています。

ルール2:ジェントルマンであること

いくらクールで高級なファッションに身を包んでいても、それだけではサプールとはいえません。サプールとして尊敬されるためには、人間としても美しく品性が備わっている、全方位的ジェントルマンでなければなりません。

つまり、人間性と美しい装いという内面と外面を兼ね備えた人だけがサプールの伝道者になれるということです。

紳士としてのルールと教養を身につける

フランスによる植民地支配に苦しみながらも、コンゴ人にはフランスやフランス紳士への強い憧れがありました。フランスに行くことで、完璧なフランス紳士のルールと教養を身に着けること、完璧なフランス語を話すことが夢というサプールも多くいます。