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心配してしまう人の心理・心配事の9割は起こらないって本当?

Author nopic iconるね
カテゴリ:人の心理

初回公開日:2017年03月03日

更新日:2020年03月09日

記載されている内容は2017年03月03日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

心配してしまう人の心理・心配事の9割は起こらないって本当?

心配してしまう人の心理

心配するというのは、危機管理をしている証拠です。現在の自分に、なにか不都合なことが起きないか、意識を向けることによって生じる心理的な作用です。

心配事の9割は起こらない!?

心配事の9割は起こらないという本があります。

心配症の方は、とても参考になるとおもいます。

心配するメリット

心配は、準備することに繋がります。なにも心配せずにいたら、行き当たりばったりで不都合が生じます。心配するからこそ、それを解消しようと思えます。また、心配というものは、未来について想像しているということです。なので、想像力が豊かだということです。その想像力を、他者への気遣いに活かすことができます。

心配するデメリット

心配することのデメリットとしては、行動をおこせなくなることが考えられます。あらゆることに心配してしまうと、一歩も動けなくなってしまいます。また、不注意になることもあります。今に対してではなく、過去や未来に対して心を向けてしまいますから、自ずと現在が「なおざり」になってしまいます。それから、身体に対しても悪影響が生じることもあります。なかなか寝付けなくなったり、不安定な精神状態から暴飲暴食に走ってしまう恐れもあります。

心配なことを分類する

心配していることが、解決可能なのか解決不可能なのか明確にすることが大事です。漠然と心配することは、生産的な営みではありません。心配を契機に、論理的な思考をして、やるべきことをはっきりさせることが重要です。

心配する内容に傾向性はないか?

自分がいつもしてしまう心配に、なにか偏りはないでしょうか?健康のことだったり、お金や仕事のこと。心配がどうして生まれるのかを、明確にするにはいつも自分が避けている問題に、目を向けなくてはなりません。なので、その問題がなんなのかを判明させるためにも、心配の傾向性を掴むことが大事です。

失敗に対するとらえ方を変える

私達は、失敗を恐れる生き物です。それは、生きていく中で大事なことです。同じ失敗を何度も繰り返していると、困難に陥りますし、最悪の場合は命を落とすことに繋がる可能性もあります。なので、失敗に対して反応し学習することは必要です。しかしながら、過剰に失敗を恐れるとなにも行動を起こせなくなります。その失敗に対する過剰な恐怖心を和らげるために、失敗というものを楽観的に捉える必要があるとおもいます。


私達は、一回きりの人生をいまぶっつけ本番で過ごしています。そのような前提から考えると、失敗しない方が異常だということです。すべての人間が、毎日なにかしらの失敗を経験しています。その失敗は、すべて経験として学習され、以後改善される可能性を与えてくれます。失敗すればするほど、ノウハウが溜まり、同じ失敗を犯さなくなります。対して、失敗を避けていると、経験することが減り、ノウハウが蓄積されません。失敗を回避し続けて、人生を全うできる人は問題ないのですが、やはりどうしても困難に立ち向かう場面がやってくるのが人生の常です。そのような場面に遭遇したときに、ノウハウを多く持っている人のほうが、困難を乗り越えることが出来ると思います。長い目でみたときに、よりたくさん失敗したほうが、後々自分を助けることになります。失敗は自分を成長させるものだ、という認識から生きたほうが失敗することが定めの人生において、より前向きに生きることに繋がります。

また、もう少し失敗というものを気楽に考える方法として、失敗は他の人の役に立つというものがあります。自分と同じような境遇にある人や、なにか相談されたときに、自分の失敗談を話すことによって、有益な情報として役に立ちます。

心配できる幸せ

心配できる状態というのは、実は余裕のある段階という見方もできます。目の前になにか取り掛からなくてはならない状況がある人は、心配している暇はありません。例えば、海で溺れている時に心配する余地は、一ミリもないはずです。つまり、心配というものは、あらゆる選択ができる余裕があるということです。心配できるということは、幸せなことなんです。

もし、死が間近に迫ってきたら心配することは許されません。ましてや、死んでしまったら尚更です。心配は、生きているからできる営みなんです。これからなにか心配に押し潰されそうになったら、その状況をありがたがってみてはいかがでしょうか。そうすると、心配にはまり込んだ自分を少し引っ張り上げることができ、肩の力が抜けるとおもいます。

完璧主義をやめる

私達は、完璧さに固執することによって余裕がなくなり、すべてをコントロールしようとしてしまいます。人生とは、完璧なものでしょうか?生まれてから死ぬまで、自分の計画した通りに人生が展開する人が存在するでしょうか。おそらく、大多数の人が、計画通りにはいかないはずです。なぜなら、私達は、関係性の中で生きているからです。自分の意思の及ぶ範囲というものがどれほどあるでしょうか。そもそも生きていること自体、私達の意思が及ぶものではありません。

心臓が正常に動くのも、食べ物を消化するのも、そしてそれらを排出するのも、全部自分の意思の力ではありません。また、外部の環境においても、空気を作りだしたり、太陽があることだったり、地球が自転していることも、私達の手に負えるものではありません。つまり、私達は「生かされている」ということです。すべて自分がコントロールしているんだという思い込みが、心配を生む背景にあるとおもいます。なので、その思い込みから抜け出すために、「完璧主義をやめ、任せることは任せ、自分ができる範囲のことに集中する」そういう生き方も心配を減らすことに繋がります。

最悪の状況を想定する

心配している事柄を、楽観的にとらえることも有効なのですが、反対に最悪の状況まで想定していくという手法もあります。最悪の状況を考えていくと、思っていたよりも大したことがないということが分かったり、解決方法があると判明する場合もあります。つまり、自分の漠然とした心配というものの、底をはっきりさせるとそれ以上考える必要がなくなります。心配の連想ゲームを終わらせることによって、心配が強制終了してしまうということです。では、その最悪の状況が、避けられないものだった場合はどうするかですが、覚悟を決めて受け入れるしかありません。逃げられないのならば、それも人生です。貴重な経験として味わうことも、人生の定めとして受け止めて問題ないのです。

これは、良寛の名言です。この言葉にあるように、人生を味わい尽くす姿勢は、しなやかな生き方だと思います。

心配しているのは常に「今ここ」にないこと

これは、荘子の言葉です。過去はもう過ぎ去って戻ってはこない、未来もまだここにない。私達が実際に行動するのは、常に「今」なんですよね。未来の来たるべきときに備えて、現在を大事にする、この習慣を身につけると心配の連鎖がやみます。

心配をしすぎないで

心配というものは、私達が人生を全うする上で必要なことです。ただ、やはり道具は使いようで、心配に支配されれば、不利益を被ってしまいます。心配を上手に使いこなすことが、より人生を実り多いものにすると思います。

心配は、いつも未来を想像して生じます。そしてその未来は、結局現在に流れてきます。つまり、私達が経験するのは現在でしかなく、未来を経験することは不可能です。その未来に対して思い悩むのはやめて、現在していることに心を向ける習慣が大事です。現在の積み重ねが人生ならば、その現在を一番大事にする。このような姿勢が根底にあれば、不意に心配が脳裏をよぎったときに、慌てふためくことも減ります。